2019年、日本の転職者数は過去最多の351万人を記録しました(総務省統計局統計トピックスNo.123より)。転職者数の増加に伴い、個人・会社ともに退職手続きを行う頻度も高まっているといえます。退職手続きは転職をする場合のみならず、定年を迎えた場合にも必要になることです。
転職手続きは一般社員と役員ではその内容が異なります。どちらの場合でも、退職する個人が取るべき手続きと会社側が取るべき手続きをそれぞれ把握し、円滑に手続きを進められるようにしておきましょう。
会社における「役員」とは取締役・会計参与・監査役を指す
日本の株式会社における「役員」とは会社が勝手に定めて良いものではなく、会社法第329条によって「取締役」「会計参与」「監査役」の3役のことと決められています。株式会社の場合、これらの役員および会計監査人は株主総会で選出されます。
役員のうち、会計参与と監査役は職務の性質上、企業外部の第三者から選ばれます。また会計参与は、税理士や公認会計士の資格を持つ人間が就かなければなりません。そのため純粋な意味で「会社内部の人間=退職手続きに関係のある人間」と言えるのは、取締役のみです。取締役は、会社の業務執行に関する意思決定を職務としています。
取締役会の中に、社外取締役が過半数を占める指名・監査・報酬の3委員会を設置している「指名委員会等設置会社」においては、「執行役」も役員に含まれます。
一方で「執行役員」は会社法上の「役員」には含まれません。執行役員は各会社が任意に設置している役職であり、あくまでも一般社員の中の最上位級と考えられます。執行役員は具体的な定義がないため、会社ごとの解釈で役割や待遇を決定することが可能です。
退職手続きのとり方
役員(取締役)の退職は「辞任」と呼ばれます。役員が辞任した場合、一般社員とは異なる手続きが必要です。一般社員の退職手続きと、役員の退職手続きの内容は、大まかに以下のとおりです。
役員(取締役)の退職手続き
役員が辞任する場合、辞任する役員本人が行う手続きは、会社に「辞任届」を提出することのみです。役員は一般社員とは異なり、会社と委任契約関係にあるため、任期の途中でもいつでも辞任することが認められています。辞任届を代表取締役(社長とは限らない)に提出し、辞意を表明した段階で辞任が効力を発揮します。
役員の辞任は、取締役会や株主総会での承認は不要です。ただし辞任することで業務上重大な損失が発生することが予想されるタイミングで、やむを得ない事由なしに辞任するようであれば、そのことで発生した損害の責任を追わなければなりません。
一般社員の退職手続き
一般社員は会社と雇用契約を結んでいるため、「退職したい何日前に報告するか」など、退職手続きの詳細は就業規則に定められているとおりに行います。一般的には次のようなステップを踏んで退職手続きが行われます。
1.退職の意思を上司に申告し、「退職願」を提出する
「退職願」は退職の意思を会社に伝えるための書類です。「退職願」は必ずしも必要ではなく、口頭で申告するだけでも問題ありません。
2.退職日のすり合わせを行う。
退職希望日から起算して何日前に会社に伝えるべきかは、就業規則で定められていることがほとんどです。民法では「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。(第627条)」とされていますが、特別な事情がない限り、就業規則に従うほうがトラブルなくスムーズに退職できるでしょう。
3.退職日の決定後、退職届を提出。業務の引き継ぎを始める。
「退職届」は退職願と異なり、会社側と退職について合意した後に提出するものです。「退職届」も法律上は提出する義務はありません。しかし退職者が自分の意思で辞めたことを証明する書類となるため、後のトラブルを避けるためにも自己都合退職であれば提出する方が安心です。
4.貸与品の返却
健康保険証や各種備品など、会社からの貸与品等を返却します。
5.退職にまつわる書類を受け取る
雇用保険被保険者証、年金手帳(会社に預けている場合)、離職票、源泉徴収票などを受け取ります。転職をして別の企業に入社する場合に必要となる書類ですので、抜けがないよう確実に受け取っておきましょう。
会社側が行う役員の退職手続き
自社の役員が辞任した場合、辞任日から2週間以内に本店所在地を管轄する法務局へ、取締役変更の登記申請を行う必要があります。2週間以上経過しても登記申請を行わなかった場合、過料(罰金)を取られる可能性もあります。
登記申請には登録免許税がかかります。「取締役又は代表取締役若しくは監査役等に関する事項の変更の登記」には1件あたり3万円の登録免許税が必要です。役員の辞任・選任を別件として申請するよりも、可能であれば1度にまとめて申請するほうが登録免許税を安く抑えることができます。
登記申請をしないと、社外の第三者に対して「役員が辞任し新たな人間を選任した」という事実を主張することができません。その場合、万が一辞任した元役員が何らかの活動を行った際、その活動で発生した責任を企業が負う必要がでてきます。
会社側が行う一般社員の退職手続き
一般社員が退職する場合、会社側では以下のような手続きが必要です。
1.社会保険(健康保険・厚生年金)資格喪失手続き
退職者が加入していた健康保険および厚生年金の資格喪失手続きを行います。健康保険の資格喪失手続きには、退職者が持っている保険証が必要です。退職日の翌日から5日以内に手続きをしなければなりません。
2.雇用保険資格喪失手続き
退職日の翌々日から10日以内に、事業所のあるエリアを管轄しているハローワークに「雇用保険資格喪失届」を提出します。この手続きが遅れると、退職者の失業手当給付に悪影響を及ぼす可能性があるため、早めの手続きを心がけましょう。
3.退職時の社会保険料控除
退職者が月中で退職した場合、退職月の前月分の保険料を退職月の給与から控除可能。月末の退職であれば、退職月の前月と当月分の保険料を、退職月の給与から控除可能です。
4.住民税の手続き
給与から天引きで住民税を徴収する「特別徴収」を行っており、退職後、間をおかず転職する場合、「給与支払報告・特別徴収に係る給与所得者異動届出書」内の「転勤等による特別徴収届出書」を記入し、転職先の企業へ引き渡します。退職者が特別徴収の継続を希望しない場合や転職先が決まっていない場合は、一括徴収または普通徴収へ切り替えます。
5.源泉徴収票発行
退職者に発行する源泉徴収票は、「給与所得の源泉徴収票」と「退職所得の源泉徴収票」の2種類です。前者は、退職者が1月1日から在籍期間中に受けた給与と賞与を基準に計算します。後者は退職手当が支給される場合に発行されるため、退職手当の制度がない場合は不要です。どちらも退職日から1ヶ月以内に手続きを行う必要があります。
6.退職金からの控除計算
退職金にも所得税が課せられますが、一定の割合で所得控除を受けることができます。基本的には勤続年数に応じて所得控除額が変化します。退職金の控除額の計算式は次の表のとおりです。
勤続年数 | 退職所得控除額 |
20年超 | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
20年以下 | 40万円×勤続年数(80万円未満の場合は、80万円) |
※勤続年数は端数切り上げで計算。
※障害者になったことで退職した場合、上記金額にプラス100万円。