近年、話題となっている「働き方改革」ですが、言葉は知っているが内容までは分からないという方も少なくありません。しかし実際に2019年4月に関連法案の一部が施行されてから、企業内での意識が高まってきたのも事実です。
厚生労働省では、働き方改革を次のような対策だと定義しています。
「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにする」(厚生労働省公式HPより引用)
この背景には、少子高齢化により生産年齢人口の減少や、働き方の多様化といった変化があるのです。
今や大企業のみならず中小企業にも目指すべきものとなっている働き方改革。中小企業が取り組むことで発生するメリット・デメリットや、各企業の導入例をご紹介いたします。
働き方改革とは?
働き方改革とは、ひとことで表すと「誰しもが働きやすい労働環境を作るための改革」です。厚生労働省は、次のような目標を掲げています。
「働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすること」(厚生労働省公式HPより引用)
その背景には、少子高齢化によって生産年齢人口が減少したり、女性の社会進出における子育て・介護のあり方が変化したりと、労働者を取り巻く環境が大きな変化をとげていることがあります。そのため、一人ひとりにあわせた労働環境を整える必要がでてきたのです。
解決すべき3つの課題
働き方改革では、誰しもが希望を持って働ける労働環境を実現するために、以下の3つの最重要課題の解決を目指しています。これらは「3つの柱」と呼ばれ、実現することでより働きやすい環境を整え、日本経済の発展に寄与するとされています。
- 長時間労働の是正
- 正規と非正規間の格差解消(同一労働同一賃金)
- 多様で柔軟な働き方の実現(高度プロフェッショナル制度)
「長時間労働の是正」とは
長時間労働による過労死や自殺が問題視されている近年、働きすぎ防止のために月の時間外労働時間を原則45時間まで、年間360時間までにする指標が定められました。特別な理由がある場合のみ単月100時間未満、年720時間までの時間外労働が可能となっています。
これらはすべて「36協定」という労働時間に関する労使協定に明記されており、大企業は2019年に、中小企業は2020年4月から適用が開始されました。一方で、医療や建設といった一部の業種に対しては、施行までに猶予期間が設けられている場合があります。
また、以下の時間外労働の上限を超えた場合は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰則が課せられることがあるので注意が必要です。
- 単月の時間外労働時間+休日労働時間が100時間を超えた場合
- 時間外労働時間+休日労働時間の合計が6か月平均で80時間を超えた場合
- 45時間以上の時間外労働を行った月が6か月を超えた場合 ・健康上、特に有害だとされる業務を1日に2時間以上行った場合
「正規と非正規間の格差解消(同一労働同一賃金)」とは
同じ業務を行っている場合は同一の賃金を支払い、正規雇用と非正規雇用の不合理な待遇差の是正を目指す取り組みが「同一労働同一賃金」です。これらの背景には、育児や介護をしながら働く女性の増加があります。
育児や介護がありフルタイムで働くことが難しい女性は、必然的に非正規として働かざるを得ません。そのため、本来の生産性を発揮する機会を損失していることから、この政策が誕生しました。
格差解消の具体的な取り組みとしては、同一労働同一賃金を実現するための法制度とガイドラインの整備や、非正規雇用者のキャリアアップ推進などを実施しています。
「多様で柔軟な働き方の実現(高度プロフェッショナル制度)」とは
多様で柔軟な働き方を実現するため、「高度プロフェッショナル制度」という政策が提唱されました。これは、働いた時間ではなく、成果によって労働賃金を定める制度のことです。裁量労働制と似ていますが、高度プロフェッショナル制度は以下の基準を満たす場合にのみ有効とされています。
- 高度な専門知識が必要とされる対象業務
- 収入が一定以上(現時点では年収1,075万円以上)
- 労働者本人の合意がある
高度プロフェッショナル制度は、明確な労働時間が定められていないため、自由な働き方が可能です。また、賃金は成果型報酬のため、生産性の向上も見込めるでしょう。一方で、労働時間が決められていない分、働いている時間が増えたという場合も考えられるので注意が必要です。
働き方改革関連法案とは
働き方改革を実現するためには、まず法的な効力を持たせるために法律を整備する必要があります。これらの労働法の改正を行うための法律が「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」、通称「働き方改革関連法」です。労働基準法や労働安全衛生法など、8本の労働法の改正を目的としています。
働き方改革が中小企業に与えるメリット・デメリット
2020年4月より中小企業に対しても働き方改革が適用されていますが、そのメリット・デメリットはどのようなものなのでしょうか。 働き方改革を導入することでのメリット・デメリットはさまざまです。これらをしっかりと把握し、自社にあった政策を考えることが大切です。
働き方改革による中小企業へのメリット
働き方改革を導入することで、中小企業には次のようなメリットがあると考えられます。
メリット①:生産性の向上が期待できる
働き方改革により時間外労働時間の上限が定められたため、社員の労働時間が短縮されます。その結果、決められた時間内に必要な業務を終わらせようと集中力が高まり、メリハリを持って働くようになるかもしれません。よって、生産性の向上が期待できるのです。
メリット②:人材の確保がしやすくなる
近年、ワークライフバランスを重視する労働者が増えています。そのため、働き方改革に積極的に取り組み、社員を大切にしている企業には求職者が集まりやすくなるといえるでしょう。その結果、優秀な人材の確保につながる可能性も高まります。
働き方改革による中小企業へのデメリット
働き方改革を導入することで、中小企業には次のようなデメリットがあると考えられます。
デメリット①:社員の労働時間の減少
長時間労働の是正により、社員の労働時間が削減されるため、業務が回らない可能性があります。時間内に終わらない分の業務を、残業の対象にはならない管理職が対応することになり、負担が重くなることも。そうならないためにも、無駄な業務の削減が必要です。
デメリット②:人件費の高騰
同一労働同一賃金により、雇用形態に関係なく賃金を支払うことになれば、人件費が高騰するでしょう。これまで、正規雇用者に比べて人件費が抑えられていた非正規雇用者の賃金があがれば、企業側への負担も少なからず出てきます。
「働き方改革」に対応している企業例
実際に働き方改革を導入している企業を紹介します。大手から中小までの成功事例を、ぜひ参考にしてみてください。
事例①:中外製薬
日本の大手医薬品メーカーのひとつである中外製薬。長時間勤務が常態化しており、子育て中の社員に対するサポート体制もうまく機能していませんでした。そこで以下の施策を導入し、ワークライフバランスの改善に努めました。
- 残業時間の削減
- 有給休暇取得の推進
- 在宅勤務制度の導入
- コアタイムの短縮化
- ダイバーシティの推進
上記の施策を導入するにあたって、まずは社員一人ひとりに人事部・労働組合からヒアリングを行い、職場に対する要望や現状を聞き出しました。また、外部コンサルタントによる「働き方改革プログラム」を3か月間実行し、成果を社内で共有。働き方改革に対する意識を、会社全体で高めたのです。
社員一人ひとりのワークライフバランスを取るために、時間外労働削減に向けたKPIの設定、有給休暇取得に向けた社内での呼びかけ、在宅勤務制度やフレックスタイム制度を整備。ダイバーシティの観点では、資料を英語で作成するなど、海外からの研究員受け入れに向けた取り組みを実施したそうです。
その結果、有給休暇や育児休暇の取得率が上がり、2018年には、厚生労働省より子育てサポート企業に与えられる「プラチナくるみん認定」を取得。働き方改革に対する取り込みが高く評価されました。
事例②:株式会社JTB
大手旅行会社の株式会社JTBは、2018年4月に経営体制の再編に踏み切りました。その際、「現在と同じことを続けるだけでは将来はない」という危機感から、あらゆる社内改革に乗り出します。その内のひとつが働き方改革の導入でした。以下の施策で既存業務の効率化を図り、生産性の向上を実現。仕事にやりがいを持てるイノベーティブな企業へと進化を遂げました。
- 在宅勤務と変形労働時間制度を改革
- 自宅でストレスなく作業が出来るPCシステムの導入
- 大幅なダイエット会議を実行
- 年次有給制度の時間単位での取得推奨
- 休みを取りやすくするための業務の共有、可視化
2018年以前は子育てや介護といった特別な理由がある社員のみが利用できた在宅勤務制度を、どんな社員でも利用できるよう改革。それに伴い、PCを自宅でも快適に操作できるシステムを導入しました。また、1か月単位の変形労働制を採用し、柔軟な働き方に対応しています。
また、「ワークダイエット・ワークシンプル・ワークスマート」をスローガンに、無駄な会議をなくす取り組みを実施しました。報告だけの定例的な会議回数を削減し、コア業務に専念できる労働時間を確保。その一方で、上司と社員が1対1で行う「1on1ミーティング」には一層力を入れるようにしたそうです。
その結果、短時間で内容の濃い話ができるようになり、既存業務を効率化することに成功しました。
事例③:株式会社ランクアップ
オリジナルブランドの化粧品の開発・販売、就活スクールの運営を行っている株式会社ランクアップは、「女性の働きやすい職場」を実現しているベンチャー企業です。結婚・出産後も気兼ねなく働ける環境を徹底的に整備することで、プライベートを重視しながらもキャリアを積んでいける職場を実現しました。
- 所定外労働時間の削減
- 年次有給休暇取得促進の取組
- スーパー時短の導入
- 病児シッター制度の導入
株式会社ランクアップは、基本的には残業時間ゼロを推奨しています。その結果、短時間で集中的に業務を終わらせるという社風ができ、生産性が向上しました。また、平日に子どもを習い事に連れていけるよう「スーパー時短」の制度を導入。就業時間が8:30~14:30と、ワークライフバランスが取れる勤務時間に設定されています。
さらに、子どもが病気になったとき、病児シッターサービスを自己負担額300円で利用できる制度を整えました。もちろんシッターは専門知識を持つスタッフなので、安心して預けることができます。ワーキングマザーの悩みであった、子どもの病気による急な欠勤が不安という悩みを解消したのです。こうして、責任のある仕事をこなしながらキャリアアップができる職場が実現しました。
事例④:株式会社エナテクス
電気設備工事業を行う株式会社エナテクスでは、「わくわく出社 うきうき退社 エナテクス」をスローガンに、仕事もプライベートも充実するような制度を導入しました。また、鳥取県が提唱している、育児や介護に対して働きやすい環境を整備するリーダーを育てる「イクボス・ファミボス」にも積極的に取り組み、家族との時間を大切にできる労働環境を整備しました。
- 毎週金曜日を「ノー残業デー」に設定
- イクボス・ファミボス宣言を提唱
- 社員の家族も利用できる福利厚生の整備
- なんでも提案制度、メンター制度の導入
仕事とプライベートのメリハリをつけられるよう、数々の制度を導入しました。毎週金曜日を「ノー残業デー」とした結果、ほぼ100%の社員が定時で帰宅しプライベートを充実させています。また、鳥取県が県をあげて提唱している「イクボス・ファミボス」を実現し、女性だけではなく男性社員も、育児休暇・子の看護休暇・介護休暇の取得を促進。結果、イクボス・ファミボスの優良取組事例として認定されました。
また、社内の風通しをよくすためどんなことでも提案できる「なんでも提案制度」を設け、効果に応じて賞の贈呈を行っています。社内の環境だけではなく、社員やその家族の健康面サポートにも注力し、近くのスポーツクラブが利用できる福利厚生制度も導入。日本健康会議による「健康経営優良法人」に、2017年から3年連続で認定される実績を持ちます。
事例⑤:RELATIONS株式会社
RELATIONS株式会社は、キャッシュフローに関するコンサルやWebメディアの運営、マネジメントツール「Wistant」を提供するベンチャー企業です。2017年には、社員45名に対して休職者4名という危機的状況にありました。産業医からも「健康意識の低い会社」とみなされてしまい、現状打破のために健康にフォーカスした改革を導入することに。導入から2年後には、休職者ゼロを実現に成功したのです。
- 休職者予備軍を把握できるよう数値データを作成
- 社員1人あたり1時間の専門医カウンセリングを実施
- 健康促進手当の支給
社員の心身の健康が課題となっていたため、まずはライフワークバランスが取れているかどうかをチェック。チャットへの投稿数や残業時間、有給休暇の取得率をもとに社員一人ひとりの労働状況を数値化・可視化しました。社内の人には伝えづらい悩みを抱えている社員が気軽に相談が行えるよう、専門医カウンセリングの義務化も行っています。
また、特徴的な制度のひとつが、マッサージやジムに行った場合は月10,000円まで会社が負担する「カラダにピース制度」です。社員の健康促進を促すことを目的としており、約半数の社員が利用しています。健康促進の一環として、朝と夕方にヨガのインストラクターがヨガ教室を開催することもあるのだとか。
これらの取り組みの結果、導入から2年後には休職者ゼロを達成し、社員が健康的に働ける環境を実現しました。
働き方改革に対応して“求職者フレンドリー”な企業へ
働き方の多様性が求められている近年、働き方改革に対応することで求職者からも好意的に見てもらえるでしょう。
労働時間削減への取り組み、ワークライフバランスを改善するための制度など、積極的には働き方改革を導入している企業が増えてきています。会社によっては、女性の働きやすさにフォーカスしたものや社員の健康づくりに注力したユニークな制度までさまざまです。
自社の風土や取り入れやすいものから少しずつでも実施することで、在職者・求職者ともに快適に働ける社内環境を構築していきましょう。