労働条件や職場のルールを定める「就業規則」は、法令遵守の観点からはもちろん、職場の規律を整えたり、待遇の基準を明示したりと、労使双方にとって非常に重要な役割を担います。
「働くうえでのルール」は職場環境だけでなく、個人の働き方や生活のありようにも関わるため、就業規則の変更は慎重に行う必要があります。しかしもちろん、法改正や環境の変化などにともない、規則を変えなければならないケースもあるでしょう。
とくに近年では、働き方改革を通じた変化のなかで、「副業」や「テレワーク」など多様な勤務形態に対応する必要性も増しています。この記事では、就業規則の意義をふまえたうえで、規則を変更する際の届出や、手続き上の注意点について解説していきます。
就業規則とは
就業規則とは、賃金や労働時間をはじめとする労働条件や、事業所の服務を定めるルールのことです。労使間の契約に関わるルールにはさまざまなものがありますが、就業規則には「働くうえでの会社内の決まりごと」をもっとも具体的な形で定める役割があります。
就業規則がなければ、昇給や有給休暇の取得など多くの場面で「参照すべき根拠」がなくなってしまうでしょう。たとえば無断欠勤を長く続けている従業員を解雇する際にも、規則に照らした対応ができず、スムーズな対処が困難になると考えられます。
待遇の基準を明確にしたり、解雇事由を定めたりすることで、さまざまなケースにおいて書面の規定にもとづく措置を遂行できるようになるのです。
規則を取り決めるのは「使用者」であり、「常時10人以上の従業員を使用する使用者」には、「就業規則の作成」及び「労働基準監督署への届出」が義務づけられています。なお、従業員が10人未満の場合であっても、届出そのものは可能です。労使間トラブルを防止する観点から、法的義務を負わない場合にも、就業規則の作成及び届出が推奨されています。
就業規則は使用者が作成する「会社内のルール」ですが、労働関係の法令に反する内容を記載することはできません。労働基準法をはじめとする法令や、労使間の合意にもとづく「労使協定」あるいは「労働協約」に定められた内容の範囲内で、労働者を使用する際の取り決めを明示する必要があります。
就業規則に定めるべき事項
法律上、就業規則には「必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)」と、「規定を設ける場合には記載しなければいけない事項(相対的必要記載事項)」が定められています。労働基準法第89条は、就業規則に次の事項について定めるよう規定しています。
絶対的必要記載事項
- 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、就業時転換(交代制の場合)に関する事項
- 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
相対的必要記載事項
- 退職手当の適用範囲、決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
- 臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項
- 食費、作業用品その他の負担に関する事項
- 安全及び衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰、制裁に関する事項
- その他全労働者に適用される事項
就業規則の変更は可能?
就業規則の変更を行う場合には、その内容について、労働者を代表する者の意見を聴取し、労働基準局に変更の届出を行うことで、法律上必要な手続きを済ませることができます。
変更が生じるケースとしては、経営状況の変化にともなう賃金体系や勤務体系の変更、福利厚生の充実を図るための休業規定の変更、法改正への対応など、さまざまな場面が考えられるでしょう。
長期にわたって就業規則を変更していない場合などは、現在の状況に即して労働環境を整備するためにも、現状の規則を見直した方がよいケースがあるかもしれません。
「不利益変更」は原則不可だが例外もあり
就業規則は労働条件を直接左右するものですから、どのような変更でも認められるわけではありません。労働契約法の第9条においては、労働者の不利益になるような就業規則の変更が禁じられています。基本給の引き下げや、労働時間の延長、その他「みなし労働時間制」の導入など、労働条件の悪化につながりうる変更は原則として認められません。
ただし、次の第10条においては、不利益変更が容認されうる例外規定が設けられています。端的にいえば、「変更内容について労働者に事前に周知」することと、「変更内容が状況に照らして合理的であること」の2点を満たすことにより、例外として不利益変更が法的に許容されるのです。
つまり不利益変更を行う場合には、客観的に正当性のある理由にもとづき、労働者側の理解を得ながら進めていく必要がある、ということになります。たとえば「経営状況が○○%悪化し、今後○○年間は改善の見通しが立たないので、給与を○○%引き下げたい」という因果関係を明示し、従業員の納得を得るプロセスが要求されるでしょう。
就業規則を変更する際の手続きと届出
就業規則を変更する際には、労働基準法の第89条及び第90条に定められる方法により、労働基準監督署への届出を行う必要があります。 以下では具体的に、手続きのステップごとに要点を解説していきます。
変更点の検討と法制面の検証
就業規則を変更する目的に照らして、変更箇所と内容を検討していきます。その際、変更後の内容が法令に準じたものになっているか、また労使協定・労働協約に反していないかを確認しておきましょう。
社内への周知(不利益変更の場合)
賃金や労働時間、その他福利厚生などの労働条件において、労働者への不利益となる変更がある場合には、事前に周知しておく必要があります。手続きのためには「労働者全員の合意」は必要なく、後述の「過半数代表者」による意見書を提出することで、法律上の条件を満たすことができます。
しかし、不利益変更は後々のトラブルにもつながりやすく、周知や合意形成のプロセスに問題があった場合、訴訟に発展し不利益分の補償を命じられるケースもあります。労働者からの信頼や、業務におけるモチベーションにも影響が出るおそれがあるため、ただ周知するだけではなく、変更の必然性を真摯に説明し、理解を得られるよう努めておくとよいでしょう。
労働者の「過半数代表者」による「意見書」の作成
就業規則は労働条件を直接定めるものですから、変更する際には労働者側の理解を得ておく必要があります。意見を聴取した記録として、労働者代表の手で「意見書」を作成してもらい、労働基準監督署に提出しましょう。
事業場に労働者の過半数によって組織されている労働組合(過半数労働組合)がある場合には、その労働組合から変更内容についての意見を提出してもらう必要があります。
該当する労働組合がない場合には、まず労働者の過半数の意見を代表する「過半数代表者」を選出することになります。この際、代表者を使用者側から指名することはできません。管理監督者の立場にない労働者のうちから、挙手や話し合い、投票などの民主的な方法によって選出し、変更内容について意見を提出してもらいましょう。
過半数労働組合もしくは過半数代表者の意見を書面にまとめ、日付と署名捺印を入れたうえで、「意見書」として以下の「就業規則変更届」とともに労働基準監督署に提出します。
なお、パートタイムに関する就業規則など、一部の労働者にのみ関係する変更であっても、事業所の全労働者のうち過半数を代表する者の意見を聴取する必要があります。
就業規則変更届の作成
変更内容が定まったら、労働基準監督署に提出する変更届を作成します。形式の指定はありませんが、変更箇所を対照できる形にしておくと、整理する際や社内に周知する際にもスムーズです。
厚生労働省のサイト上に、就業規則変更届のフォーマットが用意されているので、これを利用するのもよいでしょう。変更届に添付する「意見書」のフォーマットも付属しているため、併せて提出書類を揃えることができます。
就業規則変更届の記入例
前述のように、変更届には形式の指定がありませんので、変更前の文言と変更後の文言がわかる形であれば、問題なく受理されるでしょう。
ここでは厚生労働省の「モデル就業規則」に副業規定が導入されたケースを例にとり、変更前後の記入例を掲載します。
(参照・引用:厚生労働省「モデル就業規則について」)
副業禁止規定を撤廃する際の記入例
副業規定を新設する際の記入例
労働基準監督署への届出
作成した「就業規則変更届」と、過半数代表者による「意見書」を、管轄地域の労働基準監督署に提出します。提出は窓口のほか、郵送や「e-Gov」による電子申請も可能です。
就業規則を変更したにもかかわらず、届出を行わなかった場合には、労働基準法第120条の罰則規定により30万円以下の罰金が科せられます。明確な期限は定められていませんが、作成から「遅滞なく」届出を行うよう定められているため、早めの提出が望ましいでしょう。
変更決定後の社内周知
就業規則変更届が受領されたら、社内への周知を行いましょう。
労働基準法第106条においては、常時「見やすい場所へ掲示」したり、書面を交付したりするなどして、すべての従業員が確認できる方法で掲示や告知を行うよう定められています。全員が常時確認できる方法であれば、共有ファイルなどの電子的な方法でも問題ありません。
なお、変更内容が一部の従業員にしか関係しないものであっても、全員の目に触れるようにしておく必要がありますので注意しましょう。
就業規則を変更する際の注意点
就業規則の変更は、法律的な手続きであるとともに、労使間の関係性にも大きく関わる手続きです。届出に不備がないようにすることはもちろん、労働者側の理解や納得感も大切にしながらステップを進めていきましょう。
変更の届出は「事業所」ごとに行う
就業規則の適用範囲は「事業所」であるため、同じ会社であっても事業所ごとに労働基準監督署への届出を行う必要があります。「過半数代表者」の選出及び意見聴取も、事業所を単位として進めなくてはいけません。
すべての事業所でまったく同じ就業規則を用いており、変更内容も同じ場合には、本社からの一括申請も可能です。ただしその場合にも、「意見書」はそれぞれの事業所で作成する必要がありますので注意しましょう。
合意形成のプロセスを丁寧に
就業規則の変更は、労働条件を直接左右するため、従業員の生活にも大きな変化をもたらす可能性があります。不利益変更がある場合にはもちろん、一概に不利益とならないような変更であっても、事前の周知と説明を徹底しておくことがトラブル防止につながります。
なるべく届出を行う前に、就業規則に変更を行う旨と、変更内容に加え、「なぜそれが必要なのか」を従業員に開示しておくとよいでしょう。
とくに不利益変更が含まれる場合には、合意形成のプロセスには慎重さが必要です。判例では、「従業員が不利益変更に異議を述べなかったこと」を「同意」とは認めない判断が下されたケース(協愛事件(大阪高判平22.3.18 労判1015-83))もあり、明確な形で「同意があった事実」を記録しておくことが望ましいといえます。
なお、同意の有無は「不利益の内容・程度、同意に至るまでの経緯・態様、同意を得る前に使用者が十分な情報提供と説明を行っているか」などによって多角的に判断すべきものとされています。たとえば労働者側が断れないような状況で、一方的な説明のみで同意書にサインさせる、といった方法は認められません。
法的に有効な合意形成のためには、「全体に周知して代表者の意見を聞く」だけでなく、可能な限り従業員への面談などを通じて事情を説明し、個々の意見を聴取しておくことが望ましいでしょう。その際、使用者側が説明した内容や、従業員側の意見を記録しながら、同意書に署名してもらうといった方法が考えられます。
(参照:労働政策研究・研修機構(JILPT)「(74)【労働条件の変更】就業規則による労働条件の変更」)
まとめ
労働契約は労使間の合意にもとづいて成り立つものですから、契約内容を形にした「就業規則」は「双方が納得したルール」として運用される必要があります。
職場環境や待遇を改善したり、法令の改正に適合させたりと、就業規則の変更が必要になるケースはさまざまに考えられます。どのような場合でも、なるべく事前に従業員に変更の内容を伝え、理解を得ておくことがトラブル防止につながるでしょう。
とくに不利益をともなう変更の際には、合意形成を丁寧に進めていくことが大切です。前述のとおり労働契約法第10条によると、その変更が合理的なものであり、事前に労働者に周知されている場合には、使用者は労働者の同意がなくても就業規則を変更することができることになりますが、労使間の信頼関係を保つためにも従業員の心情面も汲み取りながら、変更の具体的内容や、それが必要である客観的な理由を開示し、納得のいく説明を心がけしましょう。