パワハラ(パワーハラスメント)は社内の問題ではなく、もはや社会問題です。特に、一時的なものではなく常態化してしまうと、あらゆる面において大きなリスクを孕むことになります。
一企業として、その場をやり過ごすような対処ではなく、きちんとひとつひとつの問題に向き合って適切な対応ができるようにするためには、事前にパワハラというものをよく知り、ある程度の対応力を身につけておく必要があるでしょう。
パワハラの定義
パワハラとは、職場において(職場に限りませんが、当記事では職場内のパワハラについて触れていきます)、その組織内での優位性や社会的地位を利用して、業務の範疇を超えた精神的・肉体的な苦痛を与える嫌がらせ行為のこと。
「職場における優位性」とは、なにも上司・部下や先輩・後輩といった上下関係に限りません。ITリテラシーの高い・低い、専門知識のある・なし、経験値の高い・低いなどが背景になることもあるため、場合によっては部下が上司に対してパワハラを行うということもありえます。
とはいえ、こういった物差しで関係性が築かれてしまうことについては、悪いこととは言いきれません。フラットな関係性で業務を遂行できる職場環境ももちろん存在しますが、指導力のある人や専門性をもった人がほかの人に指示を出すことで業務が円滑に進行できる職場もあるからです。
問題なのは、その立場を利用して業務の範疇に留まらない仕事を押しつけたり、逆に仕事を与えなかったり、プライベートに介入したりすること。
以前、別の記事でも触れましたが、平成28年度の調査では、過去3年間にパワハラを受けたことがあると回答した従業員は3割以上にも上りました。こんなにもパワハラが横行しているのはなぜなんでしょうか。
パワハラが起きる原因
パワハラが起きる背景には、大きく2つの要因が関係していることが多いといわれています。
まずは「ストレス」。パワハラの被害者がストレスを感じるのは当然ですが、実は加害する方もストレスがきっかけでそういった行動や言動をとっている可能性があります。
人はなにかしらのストレスを感じると、それを発散するために自分より弱い(と思う)立場の相手に八つ当たりをすることがあるということです。
どこかでひとつストレスが生じると、さらにそこから別のストレスが生じるというのはよくあることですが、そうなるとパワハラを受けた人もまた別のだれかにパワハラをする可能性があり、つまりそもそもパワハラの加害者だった人自身も実はほかのだれかからパワハラを受けていた可能性もあるといえます。
そういったストレスの連鎖を踏まえ、もうひとつの大きな要因といわれている「組織体質」について言述します。
会社というのは人が集まって築かれる、いわば生き物です。ひとりひとりをきちんと見ていないと、同じチームの従業員同士で業務量や就業時間に大きな差異が生じ、特定の人にかかる負荷が大きくなっていることもありえます。
また、世間話の延長のつもりでもプライベートに関する話題を振られるというのが苦手な方もいるでしょう。仲良くなり、名前やニックネームで呼ぶこともあるかもしれませんが、それに違和感を持つ人がいる可能性もあります。
そういった小さな引っかかりを鎮火できずにいると、いつの間にかその従業員、もしくは全員にとって働きにくい職場になってしまい、よりストレスが生まれやすい=パワハラが起きやすい環境が常態化してしまいます。
もしくは、いわゆる体育会系といわれるようなトップダウン体制の企業においては、上下関係がより濃く日常に結びついている傾向があるため、上司や先輩に自身の意見を言いにくい場合も考えられます。
その関係性がそのまま進行してしまうと、上司や先輩の言うことには従わなくてはいけない、なにをされても抵抗できない、という状況に陥ってしまうこともあるかもしれません。
こういった、前もって改善する必要のある組織の体質がパワハラを助長、あるいは黙認することになるというわけです。
パワハラの種類
現在、パワハラに区分されている5種類の形態を挙げます。パワハラと見なされる行為はすべてこれらのいずれかに当てはまるとされていますが、今後また新たなハラスメント行為が生まれる可能性もあるでしょう。
身体的攻撃
「身体的攻撃」は名前のとおり、身体的に傷つけるハラスメントです。殴ったり蹴ったりといった暴力はもちろん、個室に閉じ込める、座ってできる業務を立ったまま行わせるといったことも含まれます。
怪我をしたり傷跡が残ったり、目に見える身体的ダメージを被った場合は、第三者からも気づかれやすいため訴えると決心できても、目には見えない痛みや苦痛を与えられた場合は、もしかしたらなにも行動できずに我慢してしまう人も多いかもしれません。
身体的攻撃が行われた際の対処法
訴えるかどうかは後で考えるとして、まず「いつ、だれに、どんなことをされたのか」記録を残しておくことが大事です。証人や動画、写真、ボイスレコーダーで証拠が残せればいいですが、なかなか咄嗟に行動できないものなので、日記やメモなどでもかまいません。
そして企業側が取るべき対処としては、それらの証拠や相談してきた従業員の話をきちんと確認し、丁寧に事実確認を行った上で、加害者への懲罰を考えることです。このとき重要なのは、事実確認を行う際に、相談してきた従業員や被害者である従業員がだれなのか伝わらないようにすることです。
パワハラを行う人の中には無自覚のままそういった行動をとっている人もいます。自分が加害者だとして人事部や相談窓口に被害届を出した従業員がいるとわかれば逆上して、より一層その人をターゲットにしてハラスメントを行うこともあるかもしれません。徹底して細心の注意を払い、調査を進めるようにしてください。
精神的攻撃
「精神的攻撃」もその名のとおり、精神的に傷つけるハラスメントのこと。怪我や傷跡など目に見える可能性がより低くなる分、身体的攻撃よりもさらに他者が気づきにくいといえるでしょう。
具体的には、特定の従業員に対してばかにしたような発言をしたり、ミスをしたときにほかの人と差別して強く怒鳴ったり、乱暴な言葉遣いをしたり、といったことが挙げられるでしょう。
こうした倫理や道徳に反したハラスメントを「モラハラ(モラルハラスメント)」といいますが、そのうち、冒頭で示したようになんらかの「優位性」を利用して行われるモラハラは「パワハラ」とも表すことができます。
本人だけでなく「親からどんな教育を受けてきたんだ」「お前と仲良くしている○○の気がしれない」など、関わる人を侮辱するケースも考えられるので、被害の幅が広がりやすいというのも厄介なハラスメントです。
精神的攻撃が行われた際の対処法
身体的攻撃が行われた際と同様に、やはり証拠の記録を残しておくことが重要。罵声や暴言は侮辱罪や名誉毀損罪で告訴することも可能です。もちろん訴えるかどうかは個人の自由ですが、記録をとることでなんらかの形で後から自身を守ることができる可能性はぐっと高まります。
企業側にとっては、やはり身体的攻撃と同様にきちんと状況調査をすることが大事ではあるのですが、それ以前に「強固な組織体制」を作り上げることが最優先事項です。
もちろんハラスメント自体を撤退させることは必要ですが、同僚間の絆が強い組織であれば、特定の人が侮辱されても「あの人の言い方ってきついよね」「またなにか言っているよ」など周りが言うことでサポートできる場合も多く、ダメージ自体が小さくなるかもしれないからです。
普段から従業員同士が話しやすい環境を整えるために、フリースペースやカフェスペースを設けたり、チャットツールを導入したりするなど、職場改善を試みましょう。
人間関係の切り離し
「人間関係の切り離し」とは簡単にいってしまえば「仲間外れ」のこと。具体的には、発言を無視する、担当しているプロジェクトの会議に呼ばない、その人を省いたグループチャットを作る、デスクを離すなど。就業時間内における部分だけでなく、飲み会に誘わないといったこともハラスメントに該当するでしょう。
先ほども触れたように、会社とは、従業員ひとりひとりが集まることで築かれるもの。自分だけに隔たりを作られてしまっては、その環境で過ごしにくくなることは明白です。
また、業界問わず大抵の仕事にはやはり少なからず社内外とのコミュニケーションが必要になるものなので、業務の遂行が難しくなるという面もあります。
人間関係の切り離しが行われた際の対処法
最も被害者がハラスメントを受けていると自覚しにくいのが人間関係の切り離しかもしれません。働きにくさ、精神的苦痛、就労へのモチベーションの低下は感じていても、明確にハラスメントだと断定できる根拠に欠けていたり、「自身が職場になじめていないだけ」と我慢してしまったりするからです。
その場合は、まず自分から同僚に歩み寄ることが大事です。それでも状況が改善しない、あるいは悪化した場合は、やはりどういったことがあったのかを明確にメモなどに残して相談するべきでしょう。
相談を受けた企業側も対応が難しいケースです。まず実態をきちんと調査したら、対象者や職場環境、職種などに応じてどう対処していくかを考えていくべきです。
たとえば加害者、あるいは被害者を異動させる、テレワークを導入する、席替えをする、人事部がチャットツールを一括管理して自由にグループを作成できないようにするなど。
どういったハラスメントにも当てはまることですが、対処することで余計に事態が悪化してしまうことも考えられます。あくまでも慎重に進めるようにしてください。
過大な要求・過小な要求
あまりにも膨大な業務量を与える、あるいはあまりにも少なすぎる業務量しか与えないというのもパワハラの一種です。スキルや得手不得手は人それぞれ異なるので、必ずしも業務量は一律平等であるべきではないですが、その人の抱えているタスクとパフォーマンスを加味した上で、適切な業務量を与えなくてはいけません。
単純に就業時間が増える、あるいは減るというだけでなく、見合わない業務に着手させられたことで達成できずに「自分はこの仕事が向いていないのかもしれない」と思われたり、役不足で「自分は認められていないのかもしれない」と思われたり、どちらにせよ自尊心を傷つけることにつながります。
過大な要求・過小な要求が行われた際の対処法
対処法としては、できないことは「できない」と伝える、あるいは業務量が不足しているようであれば率先して別のプロジェクトに名乗りを上げたり、上司や先輩に手伝えることがないか聞いたりするということが挙げられますが、なかなか自分から声を上げられないこともあるでしょう。
まず出勤・退勤時刻をきちんと記録し、日報でその日の業務量を明示してから、人事担当者や相談窓口などの第三者に相談するというのが現実的です。関係性によりますが、他部署の責任者など、業務に関わりのない役職者に相談することが効果的であることもあります。
企業側は相談を受け、実態を確認したら、まず残業代がきちんと支払われているかどうかを確認しましょう。過大な要求を与える場合には、労働時間に合った給与が支払われていないというケースが多いからです。早めに打刻させてサービス残業を強いられていることも考えられるので、記録されている退勤時刻が正しいかどうかも併せて確認するようにしましょう。
そして業務量をひとりひとりに適切に与えられるように上長へ促します。ハラスメントについてはあえて触れず、チーム内の業務量のバランスにギャップがあるため改善したい、という言い方をすると角を立てずに、今後同様のハラスメントを増やさないことにつながることもあります。
ただし、ハラスメントをハラスメントとして治めない限り、常に次なるそれは生まれる可能性を孕んでいます。下手に加害者を刺激することで行為が悪化することもありますが、角を立てないことばかりを優先しないようにし、そしてその後もしっかりと見守るようにしてください。
個の侵害
業務に必要のない個人のプライバシーに踏み込むのは「個の侵害」と見なされます。たとえば、業務終了後や休日になんらかの優位性を利用して飲み会への参加を強要したり、プライベートに関する質問をしたりするなど。
上下関係を利用して部下や同僚の手を握ったり体に触ったりする行為もこれにあたりますが、その場合は「セクハラ(セクシュアルハラスメント)」にも該当します。
なお、セクハラは男女間だけでなく、すべての性別間において起こりえることです。決して「同性同士だから問題ない」「ゲイ(レズビアン)は男性(女性)から接触されて喜ぶ」ということはないので、どんな性別の人から相談を受けても聞き流すことなく、きちんと状況を確認するようにしてください。
個の侵害が行われた際の対処法
多くあるパワハラ被害の中で、もしかしたら一番対処法が見つけにくいのが個の侵害かもしれません。というのも、加害者に自覚がないこともあるからです。
仲がいいと思い、冗談のつもりで脅すような口調で飲み会に誘う、プライベートに踏み込んだ質問を繰り返す、合意の上だと勘違いしてボディタッチをする可能性があるということです。
もちろん悪意があって行っている場合もありますが、そうではないこともありえるので、より慎重に実態を調査する必要があります。
まず被害者はやはり、いつだれになにをされたのか、しっかりと記録するようにしましょう。そしてその情報をもとに第三者に相談します。
そして相談を受けた企業側は、やはり状況をきちんと調べる必要があるのですが、このとき、被害者と加害者それぞれに近しい人の意見も聞くようにするとよいでしょう。周りの人から見てもハラスメントと捉えられているのか、それともそこに差異があるのかを把握してから対処法を考えなければいけません。
周りの人、特に加害者と近しい人もハラスメントと見なしているようであれば、加害者本人にも自覚がある可能性が高まってきます。(もちろん100%ではありません)本人に自覚がない場合は、自身の行動がハラスメントにあたると伝えることで、今度はその人を傷つけてしまうかもしれないので、より気をつけて対策する必要があります。
また、どのハラスメントにおいても同様なのですが、ほかの人に情報が漏れてしまうことで、当事者以外のだれかが、被害者または加害者を新たなハラスメントのターゲットにするようなことがないように細心の注意を払いましょう。
企業が行うべきハラスメント対策
何度も繰り返していますが、すべてのパワハラに共通していえることは、きちんと実態を調査することです。被害者には記録をつけてもらい、そのデータと被害者の意見、周りの第三者の意見、そして状況に応じてタイミングを見計らって加害者の意見をすべてヒアリングし、対策を立てること。
事前にマニュアルを作っておいてもよいですが、決してそれどおりの判断はしないように、ケースバイケースで臨機応変に対応できるようにしてください。被害者と加害者の配置替えを行うだけで状況は改善し、被害者も納得できるのであれば、加害者にハラスメントを行った懲罰を与える必要はないでしょうし、刑事事件として扱わなくてはならない事態に発展しているのであれば、きちんとサポート体制を整えて被害者とともに臨む必要があるでしょう。
また、どう対処したとしても、それで解決できるとは限りません。加害者が逆恨みして、より行為を悪化させる、もしくはハラスメントが行われていたことが社内に広まり、第三者が加害者に対して嫌がらせを行う、加害者の人望が厚い場合は被害者が信用されずに第三者から新たなセカンドハラスメントが行われる、など、さまざまなケースが想定できます。
まずはメールやチャットなどで、だれでも匿名で気軽に相談できる窓口を設置しましょう。人手が満足ではない組織では人事担当者が兼任するのが現実的ですが、専任のカウンセラーなどを雇用するのがベターです。
業務の兼ね合いもあり、社内ではだれにも言えないということも考えられるので、常に見える範囲に厚生労働省の「あかるい職場応援団」が提示している相談窓口の一覧を掲載しておくのもよいでしょう。
被害者や目撃者がすぐに相談できる環境を整えることを最優先すべきなので、「ハラスメントは断固として許さない」といったメッセージを就業規則や社内ツールのTOPページなど、複数の場所に掲げておくようにすると、自社の信頼度も維持することができるかもしれません。
もちろん、そのように会社全体でハラスメントを撲滅させるという意思表示をするからには、相談を受けた際に「気のせいではないか」「ひとまず様子を見よう」などと対処を先延ばしにするような言動、行動は避けてください。
組織内での優位性を利用して行われるパワハラは、加害者の立場を優先して考えてしまい、被害者だけではなく第三者でさえも意見したり注意したりしにくいパターンもありえます。しかし、それで対策が遅れてしまってはハラスメントはエスカレートする一方です。「自社はハラスメントを絶対に許さない」という強い意思を持って挑むようにしましょう。