近年、労働環境をめぐる社会的関心の高まりから、「従業員にとって働きやすい職場をつくる」ことは一つの経営課題となっています。
「働き方改革」をスローガンとした国家規模の取り組みや、コロナ禍を契機とする「テレワーク」「在宅勤務」といった労働形態の多様化など、労働環境の整備が急速に進む昨今、「働きやすい会社」はマネジメントを行う上で新たなスタンダードとなっていくでしょう。
この記事では、仕事のしやすい環境を整え、生産性や定着率向上を図る際のポイントを、複数の企業の実際の取り組み事例を参考に解説していきます。
「働きやすい職場づくり」の重要性
2019年4月、「働き方改革関連法」が施行され、「時間外労働の上限規制」や「フレックスタイム制の拡充」など、働きやすい環境づくりを目指した国家規模の取り組みが本格的にスタートしています。
さらに2020年には、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、リモートワークをはじめとする柔軟な勤務形態を導入する企業が多く見られ、従来の働き方を見直す意識はいまや社会的に共有されているといえるでしょう。
待機児童問題や高齢社会の進行など、労働と育児、介護との兼ね合いが課題となるなかで、「働きやすさ」への意識は今後もいっそう高まっていくと考えられます。
とはいえ実際のところ、「働きやすさ」というのは漠然とした概念です。具体的な取り組みを進めるにあたり、企業経営者や人事担当者はそれをどう理解し、どのようにアプローチしていけばよいのでしょうか。
働きやすい職場をつくる意義
「働きやすさ」は働く人の価値観などによってさまざまであるため、一様に把握することが難しいです。
しかし客観的に、組織に及ぼす効率面からいえば、それは「従業員のパフォーマンス向上」「定着率の向上」「求人応募率の向上」などに直結する要素だと考えられます。メリハリをつけて仕事ができる環境や、プライベートを充実させることができる労働形態、将来を安心して考えることができる支援制度など、「集中して仕事に取りかかれる環境」は、従業員の士気を高めることにつながるでしょう。
このように、経営目線から考えれば、働きやすい職場とは「従業員が継続的に本来のパフォーマンスを発揮できる環境」を指していると考えられます。
パフォーマンス発揮のために必要なポイントはさまざまですが、まず労働時間をはじめとする「労働条件」が挙げられるでしょう。連日の長時間労働や休日出勤は、肉体・精神の疲労、ストレスによる集中力の低下、ミスや事故の誘発、業務効率の低下など、多くのリスクをもたらします。リフレッシュできる時間を組み込みながら、メリハリをつけて働ける環境が、「働きやすい職場」の第一の条件ではないでしょうか。
しかし当然、制度のうえで労働条件を整えるだけでは、十分配慮しているとはいえません。労働条件以外にも、「結婚後や産後のキャリア設計」や「人間関係」「仕事のやりがい」など、従業員の主観的状況に関わる要素にも目を向けていく必要があります。
制度を整えるだけでは不十分
政府によって施行された「働き方改革関連法案」は、労働時間制限や休暇制度の義務づけなど、主に労働条件に関連した法改正となっています。働きやすい環境を実現するうえで、こうした法令を遵守することは重要ですが、これはあくまで「前提」に過ぎません。
たとえば出産・育児に関する休暇制度を就業規則で定めたとしても、実際にそれを利用できる環境や雰囲気がなければ、働きやすさの実感にはつながらないでしょう。また、産休を取得していた従業員が職場復帰し、その際に時短勤務を許可したとしても、実際に保育園の送り迎えの時間や通院できる距離間といった労働以外の都合とぴったり合わなければ効果は薄く、きちんと措置を講じなければ従業員は不安を抱えたまま働き続けることになります。 制度を「働きやすさ」の実感へとつなげていくには、従業員の現実的な生活を配慮する組織風土を形成していく必要があるといえるでしょう。
働きやすい職場づくりのポイントは「キャリア形成」のサポート
前項において、「働きやすさ」を実現するためには、従業員の現実的な生活やキャリアを見据えた環境構築が必要であることを確認しました。
「残業代を出す」「休暇制度を整える」といった対応は、働きやすい職場の「大前提」であり、今後はさらに従業員の「人生設計」や「キャリア形成」に寄り添った環境づくりが求められていくと考えられます。
「結婚後・出産後も働き続けられるか」「介護と両立できるか」「そもそも今後も働きたいと思える会社なのか」といった面も踏まえ、さまざまな事情や思いを抱えている従業員が、その会社での仕事を「続けたいと思えるキャリアの一環」として捉えられるような環境が、働きやすさの大きな要素だといえるでしょう。 それでは具体的に、どのようなポイントが従業員のキャリア形成に有効に働くのでしょうか。
結婚や出産など、「生活の変化」に対する保障
同じ企業で働き続けることを困難にする要素の一つが、結婚や出産、介護をはじめとする従業員の生活上の変化です。
フレックス制や時短勤務、在宅勤務といった選択肢を用意し、柔軟な働き方に対応できる体制を構築することがまず重要となるでしょう。さらにそうした制度面に加えて、「実際に気兼ねなく制度を使えるか」「結婚後に一度職場を退いたら給与や昇進などで不利にならないか」といった従業員の不安に応えていくことがなにより大切です。
育休の取得率や、結婚・産後からの復帰時におけるサポート内容、会社独自の助成制度などを開示しておくことで、従業員があらかじめ「生活が変わっても働き続けられる」と思えるような環境を構築しておくことが必要となるでしょう。
透明な評価制度による信頼関係の構築
従業員に働き続けてもらうにあたって、やりがいや充実感を抱いてもらうことは非常に重要なポイントです。2020年にエン・ジャパン株式会社が行った調査では、「転職を考え始めたきっかけ」についての質問に対し、トップの項目となったのが「やりがい・達成感のなさ」でした。
(参照:エン・ジャパン「『エン転職』1万人アンケート(2020年8月)「転職のきっかけ」実態調査」)
仕事におけるやりがいや達成感には、「自分の能力や働きぶりが認められている」という感覚が大きく関係しており、それに応じた役割・待遇が与えられることで、仕事に張り合いが出るといえるでしょう。
従業員の能力に見合った役割や待遇を与えるには、透明な評価制度が必要です。評価者による偏りや、評価基準の不透明さをなくしていくことで、従業員の会社に対する信頼感も高まると考えられます。 また、不公平感のない明確な評価制度は、組織内で円滑な人間関係を構築するという意味でも重要なものであり、さまざまな面で職場の働きやすさを向上させうるポイントとなります。
育成・研修のシステムは組織改善のカギ
従業員がその会社でのキャリア形成を考える際、「成長できる環境か」「成長に合わせたポジションが用意されているか」といった要素は大きなウエイトを占めています。
先のエン・ジャパンによる調査では、「転職を考え始めたきっかけ」の4番目に「自分の成長が止まった・成長感がない」という項目が挙がっています。また、厚生労働省による働きやすさをめぐる意識調査では、「自分の希望に応じ、特定のスキルや知識を学べる研修」の有無が従業員の働きやすさに大きく関与していることが明示されています。
(参照:厚生労働省「働きやすい・働きがいのある 職場づくりに関する調査 報告書」)
能力に合わせてステップアップの機会を与えられ、その都度成果が上げられるというプロセスは、従業員のモチベーション維持に効果的であるだけでなく、組織全体の成長にもつながるものです。
働きやすい職場づくりの取り組み事例
働きやすい環境を整えるためには、従業員のキャリア形成に寄り添う視点が必要であり、具体的には「生活の変化への対応」「適正な評価制度」「充実した育成システム」などがポイントとなることを述べてきました。
ここでは、それらを踏まえ、具体的に改善に取り組んでいる企業の事例を紹介します。
従業員の評価方法・育成システムの見直し(Colorkrew)
ITコンサルタントとして経営支援ツールの開発などを手掛ける「株式会社Colorkrew(カラクル)」は、人材育成・評価の制度として「バリフラットモデル」という独自のシステムを導入しています。
「バリ(超)フラット(階層のない組織)」という意味で命名されたこのシステムは、その名の通り社内のヒエラルキーを撤廃し、オープンな関係の構築を目指したものです。
「部署」や「管理職」といった従来の組織構造を解体するなど、ベンチャー企業らしい革新的な取り組みがなされていますが、人材育成・評価制度の軸となっているのは「コーチ制度」と「360度評価」です。
「コーチ制度」はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング:働きながらの研修)の一種。「バリフラット」によって上司・部下という関係性がなくなった同社では、新人や未経験者だけでなく全員を対象にコーチがつきます。だれをコーチに選ぶかも自由に決められるところが特徴的で、50代のエンジニアが30代の営業スタッフをコーチに指名しているケースもあるそうです。
(参照:株式会社Clorkrewブログ)
「コーチが発問や傾聴を通じて対象者の気づきを促す」というコーチングの手法は自発性を引き出す方法として大手企業にも採用されていますが、Colorkrewにおいてはそのコーチも自身で選べることから、より自主性を発揮できるのではないでしょうか。
「360度評価」は、「従業員の評価を上司だけではなく、複数の関係者が行う」ことにより、評価の公正さを担保することを目的として、現在多くの企業に取り入れられている評価制度です。Colorkrewにおいても、コーチ担当者だけでなく、周囲のメンバーによる多角的な評価が行われています。
従来のスタンダードとされていた「少数の管理職による評価」は、時として従業員間の不公平感や、評価と実態との乖離といった問題を引き起こす原因となりえるものでした。多角的な評価制度は、従業員の職場における総合的な価値を客観的に評価するうえでも、従業員自身にフィードバックを促すうえでも、効果的に機能できる制度だといえるでしょう。
(参照:株式会社Colorkrew「バリフラット」)
仕事と育児の両立を会社ぐるみで支援(メルカリ)
フリマアプリで知られる「株式会社メルカリ」は、「merci box(メルシーボックス)」という制度のもと、従業員の出産や子育てをサポートできる体制を整えています。
まず、女性社員の産休・育休においては、「産前10週+産後約6ヶ月」の間、給与を100%保障する制度を採用し、男性社員についても産後10週の育休期間において100%の給与を保障。
さらに、認可外保育園に通う費用の負担(認可保育園との差額)をはじめ、子どもが病気になった際の特別有給休暇(年5日)や、臨時で保育施設やベビーシッターに預ける際に必要となる費用の負担(1時間あたり1,500円)など、仕事と子育ての両立を多面的に支援できる制度も用意しています。
その他、妊活費用の一部負担など、さまざまな観点から従業員の出産・育児を支える環境が整えられており、このように会社に明確な支援体制が存在すると、実際に従業員が制度を利用する際にも、気兼ねなく申請を行うことができるのではないでしょうか。
「この会社は働く人間のことをちゃんと考えてくれている」という従業員からの信頼は、組織への長期的な貢献の基盤となるものです。結婚や出産後のキャリアを見通せることにより、従業員はその会社で働き続けることをライフプランの一部として考えることができます。制度そのものを用意するだけではなく、積極的にその利用を促す姿勢を示すことで、多くの従業員が働き続けられる環境を整備していきましょう。
(参照:mercan(メルカン)「メルカリはパパ・ママが働きやすい会社って本当? merci boxを利用し、復職した社員に話を聞きました!」)
結婚後・産後の職場復帰への対応(ノバレーゼ)
職場の働きやすさを向上させるにあたり、「職場への復帰しやすさ」も大きなポイントとなります。結婚や出産を契機に一度会社を離れていた従業員が職場に戻り、再び不都合なくキャリアを形成していける環境を整えることが重要です。
ブライダル業界の「株式会社ノバレーゼ」は、結婚後・出産後にも第一線で働きたいという女性社員の声に応え、「キラキラ働こう!プロジェクト」として、職場の環境整備を進めてきました。
以前までは育児中の女性社員に対し、業務内容の変更や部署異動といった対応を取ってきた同社ですが、「4時間から8時間まで、勤務時間を1時間単位で設定できる」という「フレックスキャリア制度」を取り入れることにより、配置転換の問題改善に努めています。
また、従業員のキャリア形成や休暇取得に対するマネジメント層の意識改革のため、妊娠や出産を迎える従業員への対応について指南するサポートブックの配布や、部下の有休取得率が管理職の評価に影響するシステムなどを採用し、職場全体に理解を浸透させる試みを続けています。
「管理職の意識から改善していく」という同社の方針は、「職場復帰」という領域に限らず、従業員の働きやすさを向上させるうえで、多分に見習うべき点があると考えられます。
(参照:厚生労働省「『女性の活躍推進』にむけた取組施策集」)
まとめ
労働者にとって、職場を評価する一要因であった「働きやすさ」というポイントは、現在その重要性を増し、企業そのもののイメージ形成にも影響しうるものとなっています。
企業経営者としては、「働き方改革」として推進される制度改正に対応していく必要があることはもちろん、結婚後や出産後などにおける従業員のキャリアに対するサポートが求められているといえるでしょう。
旧来の「従業員は会社に人生を捧げ、会社は見返りとして高給や地位を与える」といった関係のあり方は、時代動向には即さないものです。人材不足が加速していく今後の労働市場においては、「従業員や求職者が自身のキャリアを安心して見通せる環境を用意することではじめて、従業員からの継続的な貢献が期待できる」といった関係性へと変化していくかもしれません。
人材確保による組織の持続的発展を見据え、評価制度や育成システム、キャリア支援制度などを見直し、働きやすい職場の土台を整えていきましょう。