採用活動を始めたばかり、もしくはこれから始めようとしている企業であれば、正直、業務について探り探りの部分は多くあるでしょう。特に人事担当者にとって大変なのは書類の管理ではないでしょうか。
企業によっては応募者のスキルや人柄を確認するために多くの書類を提出させる場合もあります。また、入社後は名簿作成や納税などをはじめとした様々な手続きのために多くの書類が必要になります。しかし、その中には提出させてはいけない書類もあるので注意が必要です。
今回は応募者や新入社員に提出を要求できる書類について解説していきます。
選考中や入社後に提出を要求する書類例
人事担当者は選考中や入社後に、履歴書をはじめとした多くの書類に目を通します。そもそもなぜ、それらの書類は必要なのでしょうか。人事担当者がそれらから確認すべき点をいくつか挙げてみました。
様々な書類が必要となる理由
本人確認・身元保証
名前や生年月日など基本的な情報に嘘・偽りなどがないことを確認します。また、これらの情報は入社後に必要な労働者名簿・賃金台帳・出勤簿を作成するために利用します。身元の保証に関しては多くの企業で「身元保証書」を提出させており、これは業務上、損害が発生した場合に賠償を求める際にも必要になります。なお身元保証できる期間は最長で5年です。
経歴・スキルの確認
応募者の実際のスキルをはかるだけでなく、経歴詐称による不正入社を防ぐためにもキャリアの確認は徹底して行う必要があります。もし、入社後に経歴詐称が発覚したとしても、すぐに解雇することはできません。解雇には「その不正が業務に支障をきたすものか」など正当な理由が必要であり、その証明に時間がかかるからです。
トラブルを防ぐためにも応募者には履歴書だけでなく、職務経歴書、卒業証明書、資格証明書も併せて提出してもらい、しっかりと確認するようにしましょう。
社会保険・雇用保険や厚生年金への加入手続き
一定以上の労働条件で加入が必要となる社会保険、雇用保険は、手続きの際に前職の証明書が必要となる場合があります。また、厚生年金の加入には基礎年金番号の確認が必要です。
社会保険は労働時間が週30時間以上、もしくは下記の条件をすべて満たしている場合は加入しなければなりません。
- 労働時間が20時間以上
- 月額賃金が8.8万円以上
- 労働期間が1年以上見込まれる
- 学生でない
- 従業員規模が501人以上
ただし、500人以下の企業であっても労使で合意があれば社会保険に加入することができます。このように、正社員だけでなくアルバイト・パートなど非正規労働者であっても社会保険の加入が必要になります。
もし手続きを行わないと管轄の年金事務所から通知がきます。それに応じないと立入検査の警告通知が送られ、それを無視し立入検査が実施されると、過去2年間を遡って保険料の納付が科せられます。
雇用保険は31日以上の雇用が決まっている、もしくは見込みがある場合、さらに労働時間が週20時間以上の場合、加入が必要になります。もし手続きをしないと6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科せられます。
厚生年金は非正規雇用であっても労働日数が正社員の4分の3以上の場合、加入が必要になります。ただし、常時雇用されていることが条件となり、日雇い雇用や6ヶ月以内の短期雇用の場合は対象外です。もし加入しないと6ヶ月以下の懲役または50万円以下の懲役が科せられます。
納税に関する手続き
従業員の住民税と所得税を納税するには手続きが必要です。住民税は通常、6月〜翌年5月の1年間分を給料から天引きすることが多いので、入社に関する手続きを済ませ市区町村へ提出する必要があります。所得税に関しては前職の源泉徴収票を提出してもらい、年末調整、確定申告を行いましょう。
卒業の確認
新卒採用の場合、主に学業での実績が採用の判断材料になります。採用した際に間違いなく卒業していて入社できる状態であることを証明する「卒業(見込み)証明書」を提出させることで、いざというときのトラブルを回避しましょう。
選考中・入社後の一般的な提出書類
- 履歴書(選考中)
- 職務経歴書(選考中)
- 誓約書
- マイナンバー
- 源泉徴収票
- 給与振込先届出書
- 健康診断書(詳細は後述)
提出させてはいけない書類と事例
選考中の応募者や入社後の新入社員に提出させてはいけない書類として「コンプライアンスに抵触するもの」が挙げられます。書類はあくまでも業務上必要な場合に要求できるものであって、社会的差別など偏見につながるようなものや、応募者や新入社員の人権およびプライバシーを侵害する恐れのあるものなど、いき過ぎた個人情報の収集や業務とは関係のない個性まで探ってはいけません。たとえば先ほど一般的な提出書類として挙げたマイナンバーも社会保障や納税に関する手続きが必要になった場合にのみ該当します。これ以外の目的のために提出を要求するとコンプライアンス違反となります。
なにがコンプライアンスに反するのかは厚生労働省の「公正な採用選考の基本」や労働基準法を確認すると良いでしょう。
提出させる企業も少なくない「健康診断書」は?
労働安全衛生規則第43条によって、採用者を雇い入れる際には「雇い入れ時健康診断」を行うことが義務付けられています。採用者が3ヶ月以内に健康診断を行っている場合は必要ありませんが、非正規雇用であっても下記に当てはまる場合は実施義務があるので注意してください。
- 雇用期間が決まっていない場合
- 雇用期間が1年以上と決まっている(予定)場合
個人の身体的な部分に関することなのでコンプライアンスに違反するのでは?と疑問に思うかもしれませんが、抱えている持病などが業務に支障をきたす恐れがあると体の負担を考慮しなければならないので、実施が必要と考えられています。ただし、採用前の段階で健康診断書を提出させることはあまり好ましくないと言えます。応募者の健康状態によって採用の可否を決めることは差別や偏見に抵触する恐れがあるからです。ただ、運送業など肉体労働を主に行う業務であれば健康状態が採用の有無に直結することもあるので、例外に認められる場合もあります。
なお、入社後に健康診断を行う際も業務にかかわりのない診察内容は求めるべきではありません。あくまでも業務に支障があるかどうかを確認するために行うものなので、必要最低限に留めておく必要があります。
法律で定められている健康診断は下記の11項目です。
- 既往歴及び業務歴の調査
- 身長、体重、視力及び聴力の検査
- 貧血検査
- 血圧の測定
- 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- 胸部エックス線検査及び喀痰検査
- 肝機能検査(GOT、GPT及びγ-GTPの検査)
- 血中脂質検査
- 血糖検査
- 尿検査
- 心電図検査
健康診断の実施について期日などは決まっていませんが、入社後すみやかに行うことをおすすめします。
書類提出要求時の注意点
採用活動中
面接後に追加書類が必要となるケースは多々あるでしょう。中途採用の場合、応募者が在職中の場合もあるのですぐの対応は難しいかもしれませんが、他の応募者との兼ね合いもあるので、早めの期日を設定し、間に合わないときはどうするのか相談したほうが良いです。
また採用が決まった場合、入社後のトラブルを避けるために就業規則や雇用契約書の確認だけでなく、誓約書を互いに交わしておくと、もしもの時に安心です。
採用後
入社手続きは時間を要する内容もあるので、早めに期限を設定し、提出してもらうようにしましょう。特に社会保険(雇用開始から5日以内)や雇用保険(翌月10日まで)は加入の期限が決まっており、期限後は追加書類が必要となるので注意しましょう。
住所変更など書類の変更があった場合はすぐに報告するよう社員に伝え、所定の手続きで対応します。
なお、入退出時に必要なIDカードなど個人に貸し出すものがある場合は、作成に必要な書類を事前に提出させ準備できるようにしておくと良いでしょう。
書類は企業のコンプライアンスに対する認識を高める
採用活動中や採用後に必要な書類を把握しておくことで、企業のコンプライアンスに対する認識は高まります。危機管理能力が向上すれば人事担当者の仕事に対する意識が変わるため、選考もスムーズに進むかもしれません。また、情報管理を徹底していることが応募者に伝われば、信頼度も高めることができ、入社の意欲を掻き立てることができるかもしれません。さらに入社後には新入社員への接し方の改善にもつながり、企業風土や文化の向上にもつながるでしょう。 さまざまな書類は、応募者や新入社員と企業が互いを知ることのできるツールなのです。