あちこちでハラスメントが取り沙汰され、「○○ハラ」という新語が増えている時代。日本でこんなにも知れ渡るきっかけになったのは「セクハラ」だといいますが、現在では30以上ものハラスメントが一般的に定義づけられています。
ただ、新語だといって「新しく生まれた」わけではなく、今まで様々な組織やコミュニティの中で潜在していたそれらが「セクハラ」が認知されたことで「ハラスメント」という言葉を纏って表面化してきただけに過ぎません。
「コンプライアンス」という言葉も広まり、以前よりもハラスメントと見なされる行為を厳しく取り締まるようになりましたが、「以前はハラスメントをしても問題がなかったのに今は問題視される」という認識は間違いです。
過去も今もハラスメントの被害者は存在していると認識しなくてはいけません。つまり、「自分の会社は規則が厳しくないから大丈夫」「コミュニケーションをちゃんととれているから大丈夫」と過信してはいけないということです。
ハラスメントだと感じるのはあくまで受け手なので、気づかない内に普段は優しいあの人が部下にはパワハラをしているかもしれないし、もしかしたら自分だって加害者になりかねないのです。そうならないように、会社全体でしっかりと対策を考えておきましょう。
ハラスメントとは
ハラスメントとは、簡単にいってしまえば「嫌がらせ」のこと。相手の意に反する言動や行動によって不快な思いをさせてしまったなら、それはハラスメントです。
特に、なにかを対価に昇進をほのめかしたり、その要求を断ったことで不利益な待遇をしたりすることを「対価型ハラスメント」、嫌がらせによって職場環境を悪くしたり、働く意欲を低下させたりすることを「環境型ハラスメント」といいます。
たとえば、上司が部下に交際を迫り、断られた腹いせに降格させたのであれば対価型セクハラ、頻繁にだれかを侮辱するような発言を繰り返したことで職場環境を悪化させたのであれば環境型パワハラです。
今回は、特に会社などの組織でよく聞かれる「○○ハラ」を10個集めてみたので、身のまわりで起こったことがないか、もしくは今現在起きていないか確認してみてください。
セクハラ(セクシュアルハラスメント)
いわずと知れたセクシュアルハラスメントは性的嫌がらせのこと。冒頭で少し触れましたが、日本で初めて問題提起されたハラスメントだといわれています。1980年代半ばには「セクハラ」という言葉が使われ始め、1997年、男女雇用機会均等法の改正によって「セクハラ規定」が設けられ、その定義が確立しました。
具体的には、業務上不必要なのに体に触る、性的な発言をする、外見について発言する(「かわいい」「美人」「イケメン」などもセクハラにあたります)、恋人の有無や関係性などを尋ねる、など。
男性から女性に向けられたものだけではなく、女性から男性、もしくは男性から男性、女性から女性、男性もしくは女性からトランスジェンダー、あるいはその逆もありえます。性別は2種類ではなくグラデーションしているという考え方が広まってきている現代、セクハラもさまざまな場合を想定して予防しなければいけません。
性的指向と性自認を「SOGI」と表しますが、SOGIを理由に嫌がらせを行ったり不当な待遇をしたりするSOGIハラも増えてきているので、併せて注意が必要です。
同性愛者の方にそのことをばかにした発言をする、トランスジェンダーの方が指定性別(体の性別)に見えない恰好をすることを禁止する、本人の了承を得ずに第三者に性的指向や性自認を発表する(アウティング)など、2017年1月1日以降、男女雇用機会均等法の改正によってセクシュアルマイノリティーの方への差別もセクハラに見なされるようになりました。
パワハラ(パワーハラスメント)
パワハラとは、組織、コミュニティにおける優位性や社会的地位を利用して、労働者に対して行われる嫌がらせのこと。身体的暴力、暴言を吐く、脅迫行為、仕事を教えなかったり無視したりする行為(「人間関係からの切り離し」)、また、明らかに多すぎる業務を課すことや逆に明らかに少なすぎる業務を課すこともあてはまります。
厚生労働省が公表している「平成28年度職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によると、従業員向けの相談窓口においてパワーハラスメントに関する相談が最も多く32.4%に上っています。
なお、その時点で過去3年間に1件以上パワーハラスメントに該当する相談を受けたと回答した企業は36.3%、過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがあると回答した従業員は32.5%でした。
このように、会社などの組織内におけるハラスメントというとパワハラが大きな存在であることがわかります。
モラハラ(モラルハラスメント)
モラハラは、その名のとおり倫理や道徳に反した嫌がらせ。具体的には無視をしたり、ばかにするような態度や発言をしたり、特定の人を対象に不機嫌にふるまったりして相手をけなしたり貶めたりすることです。
パワハラと間違えられることもありますが、大きな違いは、パワハラは立場や地位を利用して行われるものであるのに対し、モラハラはどのような関係性でも起こりえるという点です。実際、夫婦間でよく聞かれるハラスメントではないでしょうか。
会社においては、たとえば第三者からは仲がいいように見える同僚同士などにも注意が必要ということです。
なお、ここまでに挙げたセクハラ、パワハラ、そしてモラハラが3大ハラスメントといわれており、特に起こりやすいとされているので、徹底した予防策が求められます。
アルハラ(アルコールハラスメント)、カラハラ(カラオケハラスメント)
アルハラとは「アルコールハラスメント」という名のとおり、飲み会などでお酒を飲むことを強要すること、もしくは飲み会に参加することを強要すること。よかれと思ってお酒を勧めたつもりでも、もともとお酒に弱い体質の方がいるのはもちろん、普段よく飲む方もコンディションや気分によって飲めない日、飲みたくない日があるのは当然です。
また、似たシチュエーションで起こりやすいハラスメントに「カラハラ」というのもあります。これは「カラオケハラスメント」の略で、つまり社内のメンバーでカラオケに行くことを強要したり、歌うことを強要すること。お酒同様に、歌が苦手という方もいますし、日によって歌いたくないということもあります。
楽しい場を盛り上げたい気持ちから、お酒を飲ませたがったり1曲歌わせたがったりするものかもしれませんが、それによって楽しいどころか不快に感じてしまう方がいる可能性があるということを念頭に置いておきましょう。
マタハラ(マタニティハラスメント)
マタハラは、妊娠、出産、子育てなどを理由に行われる嫌がらせのこと。内定取り消し、不当解雇、配置替え、減給などはもちろん、妊娠によって体つきが変わったことを指摘したり、産休前後に明らかに多すぎる、または少なすぎる業務を課すことなどもあてはまります。
マタハラ被害者団体による調査では、加害者の40%が女性だとされているため、出産経験のある社員に対応を任せておけば大丈夫、と考えていると予期せぬ事態に発展しかねません。
産休を福利厚生に取り入れる企業が増えているのは喜ばしいことですが、それによって産休対象外の社員から妬みを買ってしまったり、対応がわからず腫れ物を扱うような態度をとってしまったりすることのないよう、きちんとシミュレーションをすることが重要です。
エイハラ(エイジハラスメント)
エイジハラスメントは、これをテーマに内館牧子さんによって同名小説が描かれたり(2008年)、さらにはその作品が武井咲さん主演でドラマ化(2015年)されたこともあるほど注視されているハラスメントのひとつです。
年齢や世代を理由にした嫌がらせのことで、日本の場合は「昭和生まれ」「平成生まれ」といった括りで差別したり、一定の年齢を超えた未婚の方をばかにしたり、経験やスキルではなく若いという理由で簡単な業務しか与えなかったりすることが多いようです。
どうしてもジェネレーションギャップを感じてしまうシーンはあるかもしれませんが、互いにその違いを認め合うことが大事です。軽口のつもりで言った発言が相手にとっては思い悩むものであることもあるので、注意しましょう。
ブラハラ(ブラッドタイプハラスメント)
よく血液型を話題にする場面が見受けられますが、「○型だからこういうことができる(できない)」「○型のあなたと○型のあの人は相性がいい(悪い)」などといった発言はブラッドタイプハラスメントと見なされるかもしれません。
日本では血液型占いが一般的に広まっているので、あまり重く捉えずに発言してしまう方も少なくないと思いますが、嫌な思いをしている人がいるかもしれないということを常に頭の片隅に入れておくようにしましょう。
普段から癖になってしまっている方は、急にその発言をやめることはできないと思うので、相手が傷つかないよう言い回しを工夫するといいのではないでしょうか。
テクハラ(テクノロジーハラスメント、テクニカルハラスメント)
テクノロジーハラスメント(テクニカルハラスメントともいいます)とは、ITスキルが高い人がそうではない人に対して行う嫌がらせのこと。パワハラとは異なり、部下から上司、後輩から先輩に対して行われるケースが多いのが特徴です。
具体的には自身のITリテラシーの高さを必要以上に主張する、PC操作が得意ではない人をばかにする、業務上必要な作業であってもわざと伝わりにくい教え方をする、など。
ミレニアル世代はデジタルパイオニア、続くZ世代はデジタルネイティブといわれているとおり、弱年齢層の方がIT分野では活躍していることが多いですが、上の世代で、かつITスキルが高くない方を年齢を理由にばかにすると、テクハラだけでなくエイハラにもあてはまります。
セカハラ(セカンドハラスメント)
見落としがちなのがセカンドハラスメント。ハラスメントを受けた方が第三者に相談したことで、その人、もしくはまた別の人から嫌がらせを受けることを指します。
たとえば、セクハラを相談したら「あなたが誘ったのではないか」とあらぬ中傷を受けたり、パワハラやモラハラを訴えた際に「(加害者は)そんなことをする人だとは思えない」「あなたにも理由があるのではないか」などと追いつめたりすること。
すべてのハラスメントにあてはまりますが、これは社内できちんとハラスメントに対して問題意識をもつことを共通認識とし、相談窓口の人選や対応策を徹底することで未然に防ぐよう努めましょう。
オワハラ(就活終われハラスメント)
基本的に企業においてしか発生しないハラスメントが「就活終われハラスメント」。企業が就活生に対して、内定を出す代わりに他社の選考を断るよう強要することを指し、実際にそう伝えなくても、入社前から頻繁に研修に呼んだり、多くの課題を与えることで就職活動に支障をきたす場合も該当します。
優秀な人材を入社させたい思いからつい語気が強くなってしまうということもあるかもしれませんが、あくまでも就職活動をいつ終わらせるかは本人の自由です。プレッシャーを与えることで企業のイメージも悪くしますので、注意しましょう。
なぜハラスメントが起きるのか
ハラスメントが発生する理由はよく加害者の性格によるものだと勘違いされがちですが、そうとは限りません。たとえばパワハラに関する相談があった企業には「上司と部下のコミュニケーションが少ない」という共通点が多く見られたそうです。
それでは、きちんとコミュニケーションをとれば問題ないかというと、それに関してもYESとは言いがたいでしょう。というのも、実際にきちんとコミュニケーションがとれている職場もあるでしょうが、上司か部下どちらか一方のみがそう思っていても、もう一方はそう思っていないケースもありえるからです。
たとえば仲がいいと思っていた部下に軽口のつもりで叱咤激励したらパワハラだと思われてしまう、両想いだと思っていた同僚の手を握ったらセクハラだと思われてしまうということもあるということです。
また、頻繁にコミュニケーションをとっていても男性(女性)の多い職場で女性(男性)には基本的に補助的な仕事をメインに任せているといった長年の環境が違和感を封じ込めてしまうケースや、業務量が多いというストレスから八つ当たりをしてしまうというケースもあるでしょう。
大事なのは違和感を覚えたら異を唱えられる環境を作ること、そしてその意見にきちんと耳を傾け、実態を調べ上げること。そしてその後で被害者も加害者も納得できる対応法を定めましょう。
被害者を優先すべきで加害者はしっかり罰せられるべきだという意見もあるかもしれませんが、過剰な処分をしたり、それによって事態がおおごとになってほかの社員から陰口をたたかれたりすることになれば、今度は加害者に対するパワハラに発展しかねません。
被害者が納得するのはもちろん、加害者の言い分も聞き、自覚がなかった場合には自覚させ、そして反省させるのが第一です。厳しい処分を下すことで完結するわけではないので、気をつけましょう。
ハラスメントのない職場を作るには
ハラスメントをなくすために企業がすべきことは、「ハラスメントの起きにくい環境づくり」と「ハラスメントが起きてしまったときの解決策」です。できる限り未然に防ぎ、そして万が一起きてしまったらどう対策するか事前に決めておき、実践することで、潜在していた次のハラスメントの芽をなくすことにもつながります。
相談窓口を設置する
まずは相談窓口を設置して、全従業員に周知させましょう。業務が絡むと相談しにくい場合もあるので、専門の相談担当者を選任するとよいですが、会社の規模や体制にもよるので、必ずしもどういったメンバーをどこに設置した方がいい、というルールがあるわけではありません。
相談専門の部署、人事や総務、法務、労働組合、社内カウンセラーなど、従業員が相談しやすいメンバー、部署を選出してください。このとき注意すべきなのは、考えが偏ってしまわないよう、複数、そしてできる限り多くの性別のメンバーを選任すること。
また、メール、電話、面談すべての相談を受け入れられるように整え、もちろん被害者だけでなく第三者、加害者からの相談も受け付けましょう。場合によっては人事担当者や被害者、加害者の上司やカウンセラーと連携してフォローできるような体制をつくっておくことも大事です。
相談を受けた相手次第で対応が変わるのも問題なので、ある程度事前にマニュアルを作っておく必要もあります。途中で相談員が代わる場合は情報を引き継ぐ必要がありますが、保管方法についてはくれぐれもプライバシーがきちんと守られるよう注意してください。
そしてここまで整備しても、いざというときに訪問できなければ意味がないので、あらかじめ社内に周知させましょう。
会社代表のメッセージを掲載する
企業としてハラスメントは許さないという姿勢を明確にするため、会社代表のメッセージとして公式発表しましょう。コーポレートサイトに掲載したり、メディアなどから取材を受けることがあればその際に発言するなど、社内外問わずその考えが認知されることが重要です。
実態を把握する
今はまだハラスメントは起きていないだろう、と思っていても実際は既に身近なところで被害を受けている方がいるかもしれません。
定期的な個別面談や全従業員に向けたアンケート調査などで実態を把握し、また、頻繁にそれらを行うことで、ハラスメントを注視するきっかけをつくり、被害者はもちろん、「もしかしたらハラスメントかもしれない」と感じている第三者が発言しやすい環境を作りましょう。
ハラスメント研修を行う
社内外の研修を定期的に行うのも有効でしょう。全従業員が受けるべきですが、パワハラなど立場を利用して行われるハラスメントもあるため管理職と一般従業員と分けて行うと、よりよさそうです。
内容としては、ハラスメントそのものの定義の理解を深め、どういった言動、行動がそう見なされる可能性があるのか、そしてハラスメントに対する会社の方針や予防策、対応策を周知させるなど。
専門家を呼んで講義してもらったり、DVD教材を利用したり、具体的な事例を挙げてそのとき自分ならどうするか討論させたりワークショップを行うのもよいでしょう。
日本社会では特に、周りの目を気にして発言を控えてしまう方も少なくないので、「アサーティブコミュニケーション」という、自他を尊重し、円満な関係性を保ったまま意見を述べる方法を意識してください。
「○○ハラ」のない社会づくり
ここまで、ハラスメントが起こりえるシチュエーションとその対策を述べてきましたが、実際のところ、完全に社会からハラスメントを撲滅させるのは不可能かもしれません。
ハラスメントをなくすのが難しいのは、加害者が無自覚のまま被害者を傷つけているケースも存在するというところにあります。
加害者にそのつもりがなくても被害者が不快に感じたらそれはハラスメントです。ただし、だからといって被害者を守るために加害者に厳しすぎる罰を与えると、それはそれでまた新たなハラスメントになりかねません。
大事なのは、常に「今もどこかでハラスメントが行われているかもしれない」と思って対策を行うことで、いざ発覚したときに慌てふためいて対応が遅れたり、「まさかあの人がハラスメントをするわけがない」という先入観を捨てることができます。
また同時に、全員が「自分も加害者になっているかもしれない」と思って行動することで、だれかを不用意に傷つけることもなくなっていくでしょう。
ハラスメントをなくすためにハラスメントがあると想定して過ごすのは、一見矛盾しているようですが、まず向き合うことができなければ、なにも対策を練ることができないのです。