企業が従業員の離職を防ぐことを課題としているのは今も昔も変わりません。離職経験のある方は、それぞれさまざまな理由から決断に至ったかと思いますが、それは企業や上司、人事担当者にちゃんと伝わっていますか?
従業員の離職を防ぐためには、離職したくなる理由やその原因を知ることが必要不可欠です。それらが改善されれば、今後の予防策が立てられるのはもちろん、今現在、離職を考えている従業員も思いとどまってくれる可能性も考えられます。
企業に求められているのは、今働いている従業員を守ること、そしてこれから新たな従業員を広く受け入れ、彼らのことも同様に守っていくこと。雇用主と就業者の間に認識の乖離があると、どちらも実現することができないかもしれません。
まずは、従業員の離職原因を追究すること、そしてそのひとつひとつに対して対策を講じること。離職率を下げて、定着率を上げるために、具体的になにをしたらいいのか考えていきましょう。
「離職率」とは
「離職率」とは、ある一定期間中に従業員がどのくらい離職したかを表すひとつの指標です。1年間の離職率を知りたいとき、計算式は下記のようになります。
(1年間の離職者数)÷(年初の従業員数)×100
※期間内に入社し、期間内に離職した人は含めません。
たとえば1月1日時点で100人の従業員を抱えた企業から、その年の間に10人が離職しました。また、4月1日に10人を新たに雇用しましたが、12月31日になる前にその中から3人が離職してしまいました。この年の離職者数は合わせて13人ですが、上記の計算式では期間内に入社した人の離職は除外されるため、「10÷100×100=10%」です。
なお、厚生労働省調べでは令和元年上半期の離職率は9.1%であるため、この企業は平均値よりも離職率が高いことになります。
○参考:厚生労働省
離職率が高いことによるリスク
離職率が高い企業はSNSなどで「ブラック企業」と揶揄されることがありますが、決してそうとは限りません。ただ、人の噂や認識というものは、全貌がわからないままイメージだけが先行して先入観として定着してしまうこともままあるので、「離職する人が多い」というだけで良い印象を持たれにくくなることもあるでしょう。
このまま悪いイメージが周知されてしまうと、現在は売り手市場だということもあり、新しく応募者を募るのも難しくなり、それだけでなく、取引先など他社からも良く思われなくなってしまう可能性があるため、場合によっては事業まで失敗してしまう恐れも抱えることになります。
もっと近い話だと、離職者が生じるということは、その人材を採用、教育した際にかかったコストが無駄になってしまうともいえます。もちろん引き継ぎとして新たに人材確保しようとするなら、その分のコストも再度必要です。嫌な言い方をしてしまえば、コストを抑えるためにも離職率は下げる必要があるということです。
離職の原因と対策
一般的に、離職の原因として挙げられるのは下記の4つでしょう。
- 労働環境への不満
- 職場の人間関係
- 想像していた仕事とのギャップ
- 給与
「労働環境への不満」をなくす
重なる残業や福利厚生不足など「労働環境への不満」が原因の離職を防ぐには、単純ではありますが、やはり従業員ひとりひとりの声にしっかりと耳を傾けることでしょう。どういったところに不満を感じているのかをきちんと洗い出し、対処することが必要です。
そのためには、定期的に職場環境に関するアンケートをとったり、いつでも要望を受け付けられる投書箱などを設けたりするとよいでしょう。面談をする、あるいは課や部など一定のグループで話し合う機会を作って直接意見を聞くのもいいですが、業務時間内にそういった時間を作ることが難しい場合や匿名で投書する方が正直に言いやすい場合もあるので、まずは手軽に始められるアンケートを試してみることを推奨します。
もちろん、このときすべての要望を叶える必要はありません。そうしたくても、予算の都合やオフィスの立地、規模、時間など、さまざまな事由で実現するのが難しい場合もあるでしょう。
大事なのは「全員の意見に耳を傾ける」ことです。「この要望は叶えられないけれど、これなら実現できる」など代替案や具体的な改善策を提示することで、従業員の企業に対する信頼度は上がります。
そのためには、従業員の要望に沿ってこの部分を改善した、という事実を周知させる必要もあるので、社内報や朝礼、全体メールなどで押しつけがましくならない程度におしらせする習慣もつけましょう。
「人間関係」を向上させる
人間関係が原因の離職を防ぐには、円滑にコミュニケーションがとれる環境を一から構築する必要があります。
まず、定期的な面談が求められますが、たとえば直属の上司など毎回同じ人を面談相手にするのは避けましょう。上司には話しにくいかもしれませんし、そもそもその上司自身が問題の種になっている可能性もありえます。
できれば業務と関係のないカウンセラーなどを雇って面談を行うと、今まで見えていなかったハラスメントの予備軍を見つけることもできるかもしれません。社内のメンバー間で面談をする場合は、業務状況など普段の仕事ぶりやその環境を知っている人と、逆に業務上はあまり関わりがない人を交互にインタビュイーとして行うと効果が得られそうです。
このとき、聞き手にはある程度の決断力や対応力が求められるため、役職者を選ぶケースが多くなると思いますが、役職者も話し手になる機会を設けてください。従業員全員の状況を把握する必要があるからです。
また、オフィスにフリースペースや休憩室など、従業員それぞれが自由に出入りし会話できる場を設けることも重要です。
飲み会など、就業時間外にコミュニケーションをとる方法も考えられますが、それを望んでいない従業員がいればハラスメントになりかねないので、主催者のエゴとならないよう、全員が楽しめるかどうか見極めることが求められます。
「想像と現実のギャップ」を解消する
経験の少ない新入社員にはしばらく単純作業やアシスタント業務を任せたり、あるいは研修として他部署に一時的に配属させたりするということもあると思います。企業としてそれが必要なことと判断したのであれば、誤っているとはいえません。ですが、新入社員は「面接のときに聞いていた業務内容と違う」と不信感を抱くかもしれません。
対策としては、まず面接の段階で「入社後○ヶ月は別の○○の仕事に就くことになる」ということを明確に伝えておくことです。また、その際にその理由も明らかにしましょう。入社してすぐにやりたい仕事ができなくても、事前に知らされていれば納得することができます。
自身がやりたいことと、持っているスキルや特技、性質に乖離があることは少なくありません。そのことを自覚した上で、やりたいことやなりたい理想像を追い求める分にはもちろん問題ないですが、社会人になりたての新入社員などは自身の特技に気づいていないケースも多く、別の業務を行うことで気づき、やりたい方向性が転じることもあります。
つまり、企業は従業員ひとりひとりのスキルや魅力を引き出したり伸ばしたりする責任を負っているのです。自分でも掴めていない才能を引き出すために、本人が望む以外の業務を任せると判断することもあるでしょう。ですが、嫌々仕事をさせては、引き出せるものも引き出せません。
従業員全員が「なぜ今この仕事をしているのか」という問いに答えられるような職場であれば、納得して業務に臨め、新たな長所やアイデアを見つけることができるかもしれません。
また、ステップアップ、キャリアアップの具体的な実例を作り、それを周知させることも後輩たちの士気を高めることにつながるでしょう。年間、もしくは半期ごとの評価制度を確立させたり、社内表彰制度を設けることも有効だと考えられます。
「納得のいく給与」を支払う
給与をモチベーションに仕事をしている社会人は多いです。予算の都合で多くは支払えないというケースもあると思いますが、企業に直接的、間接的に貢献している従業員には相応のリソースを割いた方が正当だといえるでしょう。目先の予算を優先して、従業員が求める額を支払わないために優秀な人材が他社に転職してしまい、会社の売上が減少してしまっては元も子もありません。
このとき大事なのは、「離職率を下げるため、あるいは会社の売上の減少を防ぐために給与額を上げる」という金銭的な視点ではなく、「優秀な従業員の働きを評価して給与額を上げる」という非金銭的な視点を持つことです。
従業員も「正当に評価されている」と認識することができれば、自信につながり、さらにモチベーションを高めることができるかもしれませんし、増額してもその従業員が本当に望んでいる給与額には満たない場合も、「きちんと評価してくれる職場環境」と「給与」を天秤にかけて納得してくれるかもしれません。
なお、厚生労働省では、労働者の生活の安定や労働環境の改善を目的として助成金を付与しています。たとえば、アルバイトの従業員を正社員として雇用したり、きちんと休暇を取得させるなど、条件を満たすことで受け取ることができるので、こういった機会も見逃さずに有効活用するようにしましょう。
離職にまつわる企業の現状
企業は生き物ではありませんが、いずれも時代の流れに応じてその姿を変容させ続けます。人々の意識にあるウォンツやニーズが変化することで、業種を問わず企業に求められるものも変わり、生き延びるためにそれに応じ続けてきたからです。
では、いま企業に求められていることはなんでしょうか。
若い世代の離職率が高い原因
新規学卒者の3年以内の離職が多いことはかねてより問題視されています。ここ数年はかつてと比較すると減少傾向にありますが、それでも注視していくべきでしょう。
○参考:厚生労働省
ひと昔前まで、日本の企業においては「日本的経営」と呼ばれる経営方法が普通でした。終身雇用、労働組合、年功序列といった三本柱で構築されたそれはつまり、入社をしたら長く勤めれば勤めるほど給与が上がり、基本的に定年に達するまで退職する必要はないということで、世界的にも評価されていた時代があります。
一方で、終身雇用と安定した給与が保障されていたため、多少残業が多かったり、環境に不満があったりしても、企業のため、ひいては自身や家族の生活のために我慢をする労働者がいたことは想像に難くありません。
しかしバブル時代の終焉とともに日本経済は崩壊し、現在では多種多様な企業、業務が生まれています。あらゆる企業、雇用形態、職種をカバーできる経営法など存在せず、都度、自由と規律の新たなバランスが求められています。
そのさなかに社会に出た今の若者にとって、形式だけの日本的経営の名残ともいうべき実態のない「安定と保障」を宿した企業で働くことは、納得できる状況ではありません。企業は今一度、かつての常識を捨て、すべての従業員にとって働きやすい環境を見直す必要があるというわけです。
離職率が低い企業とは
友人同士で自身の仕事について話すときに、「業務量は多いけど給与が高い」「通勤が大変だけど将来起業するにあたって学べることがたくさんある」など明確にその企業で働く理由を説明できる人はどのくらいいるでしょうか?
上の項で挙げた「労働環境」「人間関係」「想像していた仕事とのギャップ」「給与」すべてを全従業員の目線で網羅することは正直不可能です。大事なのは、良くない面があっても、それを凌駕する長所を作り、自社で働くことに納得してもらうこと。
つまり、他人に現在の職場で働く理由が説明できる従業員がいればいるほど、今その企業を離職する必要はない=離職につながりにくい企業だといえるということです。逆にいえば、説明できない場合、きっかけさえあればいつでも離職するかもしれないということ。
従業員が社外の人に、自社で働くメリットを説明できるかどうか考えてみてください。
時代の流れが読めない企業にならないために
離職率が高い企業は、従業員のニーズが読めない、ひいては時代の流れが読めていない企業といえます。まずは、上の項で挙げた離職原因を自社の環境と照らし合わせて現状を見直し、対策を練っていく必要があります。
あらゆる場面でダイバーシティが求められる社会において、かつての常識が通用しないのは当然であり、もし一人の従業員の離職を食い止めることができても、その方法がほかの従業員にも適用できるとも限りません。常にひとりひとりを見つめることができる体制を整えましょう。
離職する社員を責めるのではなく、その理由を作ってしまった自社に責任があると考えることが離職率を下げること、そして定着率を上げることにつながります。