「健康経営」の重要性が広く浸透するとともに、従業員のメンタルヘルスに対する雇用者側の管理責任が強く問われるようになりました。
「労働とストレス」は切っても切れない関係にあり、職場のメンタルヘルスを良好に保つためには「ストレスマネジメント」の観点が欠かせません。厚生労働省の発表では、2020年度の業務に起因する精神障害の労災補償支給決定件数は「608件」であり、年々増加傾向にあります。
(参照:厚生労働省「令和2年度「過労死等の労災補償状況」を公表します」)
労働における「ストレスとの付き合い方」が重要度を増すなか、人事責任を持つ立場としては、職場のストレス要因(ストレッサー)を減らしていく努力が求められるでしょう。さらに、入職者のスムーズな自社環境への適応を促すうえでは、「ストレス耐性の高い人材」を採用することも課題といえます。
業務の負荷や人間関係のしがらみに左右されることなく、困難な状況を乗り切る力を持った人材は、経営者にとって理想とするところでしょう。ただし、ストレス耐性は個人の特性であると同時に、環境要因によって変化するものでもあります。経営側がストレス耐性の本質を理解したうえで、自社の環境に適応できる人材を見極めることが、職場全体のストレス耐性を高めることにつながるのです。
この記事では、ストレス耐性を構成する要素について解説したうえで、耐性の高い人に見られる特徴や、採用面接において応募者を見極めるためのチェックリストを紹介していきます。
ストレス耐性を構成する6つの要素
ストレス耐性の定義にはさまざまなものがありますが、構成要素として6つのポイントが挙げられることが一般的です。
ストレス耐性に大きく関係する要素として、「物事の受け止め方」や「思考の癖」など、変化しにくい性格や性質がまずイメージされるかもしれません。しかし同時に、その時々における心身状態も重要なファクターであり、同じ個人でもストレス耐性は必ずしも一定ではないのです。
採用の場面では、以下の6つの要素について理解し、多角的に応募者の特性を把握することが大切です。
感知能力
感知能力は、「感覚」や「感受性」に近いニュアンスを持つ言葉です。この能力が高いほど、外部からの情報に鋭敏になり、ストレッサーにも気づきやすくなります。
同じ状況でも、ストレスの原因をキャッチするかどうかによって、影響の受け方は大きく異なるでしょう。ストレッサーを知覚することがなければ、そもそもストレスを感じることもありません。そのためストレッサーに鈍感である(感知能力が低い)ほど、ストレス耐性は高くなる傾向にあります。
回避能力
回避能力は、ストレッサーの「受け止め方」に関わる能力です。回避能力が低いほど、感知したストレッサーを正面から受け取ってしまい、ネガティブな影響を受けやすくなります。反対に、回避能力が高ければ、ストレッサーに気づいても受け流すことができ、ストレスによる影響も受けにくくなります。
回避能力を左右する要因はさまざまですが、生来の気質や、物事の受け止め方のほか、自律神経や内分泌系といった心身状態とも密接に関わっていることが特徴です。「体調が優れない日にはネガティブになりやすい」「疲れていると他人の言葉にダメージを受けやすい」というように、回避能力はその時々で変動しやすい要因だといえます。
処理能力
処理能力は、ストレスが生じたとき、あるいは生じそうなときに、その原因を客観的に捉えて対処する能力を指します。
処理能力が高ければ、多くのタスクを抱えている状況など、負荷の高い環境下にあっても冷静に現状を整理し、順序立てて問題解決に取り組むことができます。ストレスの原因そのものを処理できれば、長くそれに悩まされることもなくなり、蓄積させて深刻化する事態を避けやすくなるでしょう。
転換能力
転換能力は、実際にストレスに苛まれているときに、ストレスの根本的な意味を考え、捉え直す力です。この能力が高いほど、発想の切り替えによって、ストレスを次の行動への原動力へと変換する術に優れています。
たとえば失敗して落ち込んでいる状況で、「この失敗は自分にこういうことを教えてくれた」と学びを得て、次のステップにつなげていくケースが考えられます。失敗を糧にしたり、挫折をバネにしたりする際のポイントになる能力であり、成長意欲や行動力にも密接に関連する要素です。
経験
経験は言葉のとおり、さまざまなストレスに対処してきた経験を指します。もともとのストレス耐性は高くなくとも、多くの壁にぶつかり、挫折や成長を繰り返すなかで、「適度な捌け口の作り方」や「負担の少ない落とし所」がわかり、ストレスに適切に対処できるようになるのです。
経験を通じて、自分自身の気質や能力を客観的に把握できるようになることも、ストレスとうまく付き合えるようになる理由と考えられるでしょう。
容量
容量は、ストレスに対するキャパシティであり、どれだけのストレスに耐えられるかを左右します。容量が大きい人ほど、ストレスの影響が現れにくくなります。個人差があることはもちろん、同じ個人でも心身状態などによって一定ではありません。
ストレス耐性が高い人の特徴
上記の構成要素をふまえ、ストレス耐性が高い人に見られる傾向を考察していきます。
ただし、以下に提示するのは一定の傾向に過ぎません。「これに該当する人はみなストレス耐性が高い」というわけではありませんので、採用の場面では総合的な観点からの判断が必要です。
客観的に事態に対処できる
周囲の状況や物事の成り行きを認識する際、ネガティブに受け止める癖があると、事態を深刻に捉えてしまってストレスも膨らみやすくなります。事態を悪く歪めるのではなく、冷静に状況を受け止め、客観的な対処法を導き出して行動に移す力があれば、ストレッサーを適切に処理できるため、ストレスの影響を受けにくくなるでしょう。
周囲の評価に無頓着
周囲からの印象や評価はその基準もバラバラであるため、気にしすぎると評価者の数だけストレッサーを抱え込むことにつながります。好悪の感情や評価に対する関心が薄ければ、人間関係のなかでストレスを感じる機会も少なくなるでしょう。
思考の切り替えが早い
落ち込んでいる状態から立ち直るスピードや、オンとオフの切り替えの早さもストレス耐性に大きく関係します。ネガティブな出来事を引きずらず、次の行動につなげられる人は、ストレスを処理・転換する力が高いといえるでしょう。
周囲に頼ることができる
ストレスの処理能力には状況に対する分析力が大きく関係しますが、客観的な分析力があったとしても、独力で対処しえない問題にぶつかってしまうと、ストレスの原因を解消することができません。「他人に迷惑がかかる」と考えすぎず、うまく仕事を振り分けられる能力も、ストレスを抑えるうえで重要だと考えられます。
ストレス耐性が低い人の特徴
続いて、以下ではストレス耐性が低い人に見られる傾向を考察していきます。
もちろん、対象者がいずれかの項目に当てはまったとしても、必ずしも「ストレスに弱い」ことを意味するのではありません。一部に該当していても、総合的に見るとストレス耐性が高いケースは数多くあるため、多角的な観点から特性を見極める必要があります。
指導や注意に慣れていない
叱咤激励を受けた経験が少ない場合など、注意を受けた際の受け止め方が適切に身についていないと、「自分を否定されている」というようにネガティブに捉えてしまうことも多いです。業務上必要な指導がストレッサーになると、ストレスが日々募っていくことになりかねません。
傾向として、「業務」と「自身の人格」と結びつけて捉えてしまうと、業務を通じてメンタルにダメージを受ける機会が増えると考えられます。もともとの性格による部分もありますが、経験を通じて公私を切り離せるようになることで、改善されていくケースも多いです。
行動に対して消極的
ストレスを抱えたとしても、客観的に事態を捉え、次の動きにつなげることができればストレスは蓄積されにくくなります。反対に、気持ちの切り替えが苦手で、次の行動に移るまでに時間がかかると、悩んだ分だけストレスも膨らみやすくなるでしょう。
協調性が高く責任感が強い
周囲に合わせることに神経を使い、期待に応えようと自身にプレッシャーをかけていれば、おのずとストレッサーに直面する機会も多くなります。協調性や責任感は社会人として常に求められる要素ですが、それだけに社会生活における普遍的なストレス要因となっているともいえるでしょう。
もちろん、協調性や責任感そのものがストレスへの弱さを意味するのではありません。ただ、ストレスの処理・転換方法が確立されていないと、気づかないうちにストレスが膨れ上がり、調子を崩してしまうことも考えられます。
ストレス耐性を見極める面接チェックリスト
応募者のストレス耐性を見極めるため、面接の際にチェックしておくべきポイントを解説します。
ストレス耐性について判断するにあたり、繊細な内容について確認するケースも考えられるので、ハラスメントと捉えられないよう十分に注意するようにしましょう。
感知能力・回避能力に関するチェックリスト
ストレス耐性の6要素のうち、感知能力や回避能力に関するポイントです。物事の受け止め方や、外部環境からの影響の受けやすさなどを確認していくことになります。
■「何がストレスの対象になるか」を確認する
その人にとって、何がストレスの対象になるかを知っておくことで、「自社環境がどの程度ストレスになりうるか」を判断しやすくなります。「苦手な仕事」や「前職で辛かったこと」に関する質問を通じて、その対象を把握しておきたいところです。
ネガティブな感情につながりやすい質問ですので、聞き方には十分に配慮し、圧泊的な印象を与えないようにしましょう。ぞんざいな聞き方をしたり、語気を強めたりすると、ハラスメントとして捉えられる可能性があります。
■メンタルの安定性について確認する
メンタルの振れ幅が落ち着いていると、ストレス耐性も変化しにくく、「何をどれくらいストレスに感じるか」を見通しやすくなります。
このポイントも、デリケートな問題に関わりかねないため、聞き方には細心の注意を払いましょう。「ご自身について、仕事にムラがある方だと思いますか?」など、あくまで業務に関する質問を通して確認する必要があります。
なお、直接メンタルヘルスの既往歴などを問うことは絶対に避けましょう。既往歴はセンシティブ情報にあたるため、質問意図と情報の扱いについて明示し、回答者の同意を得た後でなければ、質問そのものが不法行為と見なされる可能性もあります。
■面接中の態度や答え方にも注意を向ける
応募者の感知能力を把握するには、回答の内容だけではなく、態度や答え方も重要なポイントです。過度に緊張していたり、面接官の言葉に過敏に反応したりする場合には、感知能力が高くストレッサーに敏感である可能性があります。
ただし、職種によっては感知能力の高さは武器になるケースもあるため、ストレス耐性について他の点からも判断しつつ、自社とのマッチングを検討するとよいでしょう。
処理能力・転換能力に関するチェックリスト
処理能力や転換能力を確かめる際には、問題解決に向けた取り組み方や、思考の組み立て方といったポイントに注意を払うことが求められます。
■困難な状況に対処する方法について質問する
負荷の高い場面や困難な状況に対処する力があれば、ストレスの原因そのものを解消できるケースも多くなります。たとえば「顧客から○○についてクレームが寄せられた場合」など、具体的なシチュエーションを設定して、どう対応するかを確認するとよいでしょう。いくつかの場面について質問し、思考のプロセスや考え方の傾向を把握することが望ましいです。
■ストレスの発散方法について質問する
ストレスを溜め込まず、うまく切り替えができるかどうかも重要なポイントです。しかし、「ストレスが溜まったときにどうするか」という聞き方は、プライベートに関係するリスクがあり、ハラスメントと捉えられる可能性もあります。そのため「前職で困ったときに相談する相手はいたか」など、職場のなかでストレスを逃せる道を作れていたかを確認するとよいでしょう。
経験・容量に関するチェックリスト
6つの要素のうち、経験や容量を確かめるには、応募者がこれまでどのようにストレスに向き合ってきたかを見通すことが求められます。
■実際の挫折経験について質問する
挫折や失敗の経験と、そこから立ち直った経験について聞くことで、「ストレスから立ち直るプロセスが構築されているか」を確認するとよいでしょう。
挫折経験についての質問は、上述の処理能力や転換能力を確かめることにもつながります。問題の捉え方や解決に向けた思考の組み立て方について、しっかりと傾向を掴んでおくことが大切です。
■前職を辞めた経緯を確認しておく
職を短期間で転々としている場合などはとくに、理由や経緯について尋ねておくことが望まれます。あくまでも目的は「応募者がストレスを感じるポイントや、許容できないラインをある程度把握すること」ですので、共感的な姿勢を崩さず、圧迫的な印象を与えないように注意しましょう。回答内容に対して否定的な態度やコメントをすれば、ハラスメントと見なされる可能性もあるため、応募者の話を理解する態度を常に意識する必要があります。
まとめ
経営者の観点からすると、「ストレス耐性は高いほど望ましい」と考えてしまいがちですが、個人のストレス耐性はさまざまな要因が絡み合って構成されるものです。そのため「ストレスに強い=優秀」という構図が単純には成り立たないことも少なくありません。
たとえば、「ストレスに強いが物事の機微には鈍感な人」や、あるいは反対に「打たれ弱い面もあるが、察知能力が高く先を見越した作業ができる人」など、長短が表裏一体になっているケースもしばしばです。
また、ストレス耐性を構成する6つの要素は、それぞれ独立して判断できるようなものではありません。たとえば「感知能力が高いとストレスに弱い」とは限らず、感知能力が高く繊細であっても、処理能力や転換能力に優れていればストレスを抑えられることも十分にありえます。採用においては、実際の自社業務において「どの要素がどのような結果につながるか」を見通す観点が必要になるでしょう。
ストレスに強い人材はもちろん魅力的に映りますが、過度に「ストレス耐性」という言葉に囚われず、自社のニーズに合わせて個人の特性を見極めることが重要です。