社員の副業を禁止するとブラック企業認定されるリスクが高まる?

副業 職場環境

「働き方改革」というスローガンのもと、多様な労働形態への対応が企業に期待されている昨今、従業員の「副業」を認めようとする機運が社会的に高まっています。

厚生労働省が大々的に副業推進し始めた2018年は「副業元年」とも呼ばれ、労働者と企業双方にとって、副業をめぐる考え方を見直すきっかけとなりました。
以前は「正社員は一つの会社だけに忠義を尽くす」という価値観がスタンダードでしたが、いまや明確な理由なく従業員の副業を禁じることは「時代にそぐわないルール」と見なされる傾向にあります。

この記事では、副業を得ることもスタンダードな働き方の一つとなりつつある理由や、法律上の扱いを説明しながら、実際に従業員に副業を認める際の就業規則上の注意点などをお伝えします。

副業もスタンダードになりつつある理由と背景

働き方改革

副業の推進をはじめとする「働き方改革」のコンセプトに通底しているのは、働く人それぞれの人生を、「労働者」としてのあり方に偏らせるのではなく、多様な自己実現の過程として捉えよう、という考え方です。終身雇用が当たり前のものではなくなった現代において、労働者は勤め先を「キャリアの一環」と考える傾向にあり、「その会社に骨を埋める」という意識は薄まりつつあるといえるでしょう。

社会的に強まる「副業容認」の風潮

副業に対する考え方は現在大きな変革期を迎えており、たとえば2020年11月には高知県の特別支援学校教諭が同人誌の執筆・販売を県への申告なく行っていたことが発覚し懲戒処分を受けましたが、SNSなどでは処分を受けた教諭への同情の声が散見されました。

(参照:高知新聞「教員の同人誌販売、なぜ処分に? ネットで賛否 県の見解は」

副業の制限が厳しい公務員に対してさえ、このような世間の反応が見られたのは、副業に対する社会的な価値観が大きく変わっていることを示唆しているといえるでしょう。 多様な働き方を通じて自己実現を目指したり、ライフプランに幅を持たせたりといった考え方は世間に浸透しつつあり、今後は「副業禁止」を掲げる企業が「旧態依然」と見なされるようになっていくかもしれません。

「副業元年」を契機とする変化

世間的な「風潮」に留まるものではなく、実際に副業元年と呼ばれた2018年以降、従業員の副業を認める企業は増加している傾向にあります。

株式会社リクルートキャリアによる「兼業・副業に対する企業の意識調査」では、2017年には「22.9%」だった、副業を「容認」または「推進」している企業の割合が、2018年には「28.8%」、2019年には「30.9%」となり、副業を認める動きが徐々に強まっていることがわかります。

(参照:株式会社リクルートキャリア「兼業・副業に対する企業の意識調査」2017年2018年2019年

2018年に副業を認める機運が高まったのは、厚生労働省がその1月に「モデル就業規則」を改訂し、さらに同月「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を発表したことに起因していると考えられます。
とりわけ「モデル就業規則」は、多くの企業が就業規則作成の際に参考とする資料であり、以前の版では副業をめぐって「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という記載がありました。

多くの企業にとって、この記載は「副業禁止」の根拠となるものでしたが、2018年版のモデル就業規則においてはこの部分が削除され、代わりに「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」という規定が明示されたため、180度の方向転換を示すものとして話題を呼びました。

2018年以降も、厚生労働省は副業を推進する施策を続け、ガイドラインやモデル就業規則の改訂、複数事業の労働者に対する労災保険給付制度の刷新、また労働者が自身の労働時間や健康状態を管理できるアプリ「マルチジョブ健康管理ツール」の開発など、副業を行うことをスタンダードにしていくための基盤を整えています。

副業をめぐる法律上の解釈

そもそも、企業が副業を禁止することは法律上どのように扱われるのでしょうか。法的に正当であるのかどうか、正面から見解を示した判例に「マンナ運輸事件」(京都地裁、平成24年7月13日判決)があります。準社員による他社でのアルバイトの申請を断り続けた運送会社が、「不当に副業を禁じている」として準社員から訴えを起こされた事件です。副業についての基本的な考え方として、以下の観点が示されました。

労働者は、勤務時間以外の時間については、事業場の外で自由に利用することができるのであり、使用者は、労働者が他の会社で就労(兼業)するために当該時間を利用することを、原則として許され(ママ)なければならない。

厚生労働省「副業・兼業に関する裁判例」

すなわち、就業中を除く時間は個人の自由に属するものであるから、「副業・兼業をするかどうか」というのも基本的には労働者の意思に委ねられるべき、というわけです。
ただし、この基本的な考え方に加え、京都地裁は「使用者による副業の禁止が例外的に認められるケース」も提示しています。

もっとも、労働者が兼業することによって、労働者の使用者に対する労務の提供が不能又は不完全になるような事態が生じたり、使用者の企業秘密が漏洩するなど(ママ)経営秩序を乱す事態が生じることもあり得るから、このような場合においてのみ、例外的に就業規則をもって兼業を禁止することが許されるものと解するのが相当である。

厚生労働省「副業・兼業に関する裁判例」

つまり、副業・兼業によって「本業の仕事に支障が出る場合」や、「企業秘密が漏洩する場合」など、企業の運営に対して明確な損失をもたらすケースにおいては、副業・兼業を禁止しうるというわけです。

(参照・引用:厚生労働省「副業・兼業に関する裁判例」

従業員の副業を認める企業側のメリット

Success

企業経営者や人事担当者からすると、「従業員の副業を認めると、自社へのコミットメントが弱まるのではないか」といった懸念もあるでしょう。しかし、副業に対して寛容な職場環境をつくり、従業員に「どのような副業をどの程度行っているのか」をクリアに共有してもらうことで、企業にとっても多くのメリットが還元されると考えられます。

人材育成に幅ができる

従業員が副業を行うことで、自社では獲得できないスキルを身につける機会が与えられます。異なる業種における副業であっても、さまざまなビジネスツールへの熟達や専門知識の習得は、組織に多様性と創造性をもたらしうるでしょう。 自社だけで働いていては見えなかった業務の非効率なポイントも見え、業務フローを改善する契機となるかもしれません。

バランス感覚の形成

自社以外の労働環境に触れることで、自社内で当たり前となっていたルールや慣習をフラットに見直すことができると考えられます。コンプライアンスに対する配慮が重要性を増している昨今、中立的な視点から組織のあり方を見定める意義は高まっているといえるでしょう。
コンプライアンス面だけではなく、組織に新しい風を取り入れるうえでも、副業によって養われる多角的な視点は大きな役割を担いうるものです。

人脈形成

ビジネスにおける「人脈」の重要性はもはや自明のものとされていますが、従業員が多様な領域への人脈を形成しうるという点も、副業を認める一つのメリットです。副業を通じた別業種への人脈や、趣味・関心を通じた人脈など、より広いフィールドに種を撒くことができ、これまでにはなかった形で事業を展開するチャンスにつながるかもしれません。

離職防止

従業員の離職を防ぐうえでも、副業を認める意義は大きいといえます。従業員にとっては副業によって所得を増加させたり、趣味・関心領域を充実させたりすることで、多様なキャリア形成や自己実現が可能となっていくでしょう。
このように自分のキャリアに対して柔軟かつ寛容に応じてくれる企業というのは魅力的に映るものです。従業員の視点に寄り添う企業風土は、「ここでなら自分のやりたいことができる」という感覚につながり、離職を防ぐ大きな要素となりえます。

採用活動の際も、「副業・兼業ができるかどうか」というポイントは今後重要性を増していくと考えられます。人材を引き寄せ、継続的に貢献してもらうためには、従業員の自己実現やキャリア形成を重んじる姿勢が不可欠だといえるでしょう。

従業員の副業を認める際の注意点

コンプライアンス

従業員が自社以外に働く場をもつことは、企業にとってメリットとなるばかりではなく、適切に対応しなければリスクにもなりうるものでもあります。ここでは、副業によって生じうる「長時間労働」や「情報漏洩」「利益相反」といったリスクに備え、社内制度を整えるためのポイントをお伝えしていきます。

副業を含めた勤務状況を把握

副業の負担によって従業員が健康を害したり、本業である自社の業務に支障を出してしまったりといったことがないよう、副業をめぐる勤務状況は最低限把握しておきたいところです。

法律の面でも、企業には副業を含む労働時間の管理責任が課されています。労働基準法の第38条1項には、“労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する”という規定があり、この「事業場を異にする場合」というのは「副業」にも適用されるという解釈が一般的です。

(引用:e-Gov法令検索「労働基準法」

また、労働契約法の第5条において、“使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする”という「使用者の安全配慮義務」についての規定があります。

(引用:e-Gov法令検索「労働契約法」

こうした規定から、副業をしている従業員の勤務状況を総合的に把握し、心身の健康を損なうことがないよう管理していくことが、使用者側には求められています。

副業を認める際に求められる社内での手続きについて、厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」のなかで具体的に解説しています。申告書のフォーマットや労働時間管理の方法など、図表とともに説明されていますので、実際に社内制度を整えるうえで参考となるでしょう。

就業規則に禁止事項を明記

従業員の副業によって生じるリスクとして、自社の情報漏洩や利益相反といった事態が考えられます。従業員の副業を認める際には、こうしたリスクを未然に防げるよう、就業規則に副業の際の禁止事項を明記しておきましょう。

情報漏洩については、就業規則に「情報漏洩のリスクがある場合には副業を禁止する」という旨を記載することに加え、「どのような情報が自社にとっての機密情報にあたるのか」ということを今一度確認しておく必要があります。「日々の業務でなんとなく理解していく」というだけではなく、情報の取り扱いについてのガイドラインなどを社内で作成し、共有しておくことが望ましいでしょう。

副業を認めることは、企業イメージの改善にもつながる

アップデート

従業員の副業を認めることは、企業の経営者や人事担当者にとって「従業員が外の世界に行ってしまう」ような感覚をともなうことかもしれません。自社へのコミットメントが減少することを危惧する方も多いかと思いますが、従業員が副業により新たなスキルや視点を獲得することは、企業側にとっても多くのメリットをもたらします。

副業によってもたらされる変化の本質は、「自社に最適化された人材」から「総合的な人間力をもった人材」への移行にあります。横断的に仕事の場をもつことで、従業員の柔軟性や創造性、バランス感覚が磨かれ、組織としての幅や深さにもフィードバックされていくと考えられるでしょう。
とりわけバランス感覚は、コンプライアンスやポリティカル・コレクトネスの視点が重要性を増している現代社会において、企業のイメージ形成に必須の能力といえます。

「従業員は一つの会社に全面的にコミットするべき」という従来的な価値観を引き継いだままだと、会社としての印象も「時代にそぐわない」ものになっていくかもしれません。 従業員の個々のキャリアを重んじながら、副業により多方面に伸びていくスキルや能力を受容し、自社の業務へとフィードバックしてもらう視点が重要になっていくといえるでしょう。

この記事を書いた人
鹿嶋祥馬

大学で経済学と哲学を専攻し、高校の公民科講師を経てWEB業界へ。CMSのライティングを300件ほど手掛けたのち、第一子が生まれる直前にフリーへ転身。赤子を背負いながらのライティングに挑む。

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