2020年現在、日本の引きこもり人口は400万人ともいわれ、大きな社会問題になっています。引きこもりになっている原因や経緯は人それぞれではあるものの、「社会復帰をしたい」と感じたときに、それが実現できる手段を社会全体として整えることは重要でしょう。
2020年10月28日、引きこもりやニートといった社会生活に問題を抱えた若者の社会復帰支援事業を行う「ワンステップスクール」を運営する一般社団法人若者教育支援センターが、元利用者7名から提訴されるという事件が起こりました。ワンステップスクールは社会復帰支援・訪問カウンセリングを行うといいながら、その実態は「本人の意図に反した強引な連れ出しや入寮、金銭や通信手段の没収、就労先・自立のタイミングを施設側が決定する」といった暴力的な活動だったといわれています。
引きこもりの人が就職するには、単にハローワークに行けば解決するというわけではありません。まずは引きこもり状態からの脱却を目指すことが先決です。そのためには就労支援を受けるだけではなく、時には専門の医療機関を受診することも選択肢のひとつとなってくるでしょう。さらには本人の努力だけでなく、企業側にもブランク期間があることを考慮した研修制度の整備や、メンタル面のきめ細かなフォローアップを行うなど、労働者と社会とのギャップを埋めるための努力が求められます。
「仕事をしたい」引きこもりが増えている
従来の「引きこもり」という呼び名には、社会とうまく折り合いをつけられず、外出することが難しくなり自室にこもりきりになってしまった人というイメージがありました。当然、現在でもそういった従来的な意味の「引きこもり」も存在します。
しかし今や、様々なきっかけで職を失ってしまったことをきっかけに、「働きたいとは思っているものの自分に合う仕事が見つからず、結果として自宅にいるしかない」という「失業系引きこもり」と呼ばれる層が増えてきているといいます。「失業系引きこもり」が生まれる背景には様々な経緯が考えられますが、いずれも「やる気はあるのに思うように働けない」という点で共通しており、ニートとは一線を画す存在です。
特に30代後半以上の年齢の人は、失業後再就職先が見つからないことが珍しくありません。30代後半となるとそれまでのキャリアの中で自分なりの考え方や方法論が確立されていることの多い年代です。採用する企業としては「前職までのやり方にこだわって扱いにくいのではないか」といった不安や、既存社員との年齢差により馴染みにくいのではないかといった懸念などから、採用に消極的になる傾向があります。
それまではそれなりに見つかったのに、30代後半になり、数百社応募してもなかなか採用されなくなったという人もいます。そのような人がどのような就職活動を行ったか、また引きこもり経験者を採用した企業がどのように対応していけばよいか、3つの事例を紹介します。
300通以上の不合格通知 元大手金融機関づとめの40代男性Sさん
大手企業での勤務経験があったとしても、30代半ばを過ぎていたり退職後にブランク期間があったりすると再就職のハードルはぐんと上がります。大手金融機関で働いていたSさんは、退職後2年ほどのブランクを経て就職活動を始めました。ハローワークや民間の就職支援サイトにも登録し、業界を問わず精力的に面接を受け続けましたが、一向に内定が出ませんでした。最終的に受けた会社は300社以上。あまりに多くの不合格を通知する「お祈りメール」を受け取り、心が折れそうになったことは一度や二度ではないといいます。
採用を渋られる原因として、Sさんが40代だったこと、2年間の休職期間があったことが挙げられます。実力主義的な企業が増えたとはいえ、いまだに年功序列で待遇が良くなる傾向が強く、企業としては待遇に見合った能力を求めます。周囲に比べて年齢の高い新入社員が、年下の上司のもとで働けるかという不安もあるでしょう。また2年間のブランクがあることで、ビジネス現場のトレンドから遠ざかっており波に乗れないのではないかという心配もあります。
現在はシンクタンク系企業に就職したSさんは、「一旦仕事を離れると、人として価値が下がったように扱われます。学生時代から現在まで、経歴に『継ぎ目』がない人でないと、社会から排除されているような気がします」と語っています。
>参照:ダイヤモンド・オンライン
正社員になるための「見合い期間」を設けた南富士株式会社
長期間働けずにいた人たちが、いきなりフルタイムで再就職するには大きなハードルがあります。静岡県三島市の南富士株式会社は、元引きこもりなどの就労に問題を抱えた人を対象として、独自の研修制度を整えています。「ルーフ・マイスター・スクール(RMS)」と呼ばれる同社の制度は、企業と労働者がお互いに3ヶ月の「お見合い期間」を経た上でスキル・勤務態度ともに問題がないレベルまで育った段階で正社員として雇用するという、屋根職人育成研修プログラムです。
RMSは「基礎講座」と呼ばれる週2日・1日2時間の座学から始まります。屋根職人としての業務を学ぶ前に、まずは社会人としてのマナーやコミュニケーションといった基礎を学び、「働く心構え」を身につけることから始めようというものです。基礎講座を修了すると、屋根工事の基礎の学習、体力づくりを兼ねた現場での手伝い、実技研修と進みます。最終的に職人としてのスキルと社会人としての基礎が習得できたと認められれば、晴れて「マイスター」と認定され、正社員として仕事を始められます。
単なる試用期間と異なるのは、生活補助金として月額8万円と交通費全額が支給されることです。また労災加入や希望者には自己負担なしの社宅も用意されており、「働きたい」という意思を持った引きこもり経験者を支援する環境が整っています。
研修は静岡県三島市の本社のほか、東京都八王子・埼玉県さいたま市・千葉県柏市・神奈川県横浜市の各営業所で実施されています。
>参照:南富士株式会社公式サイト「ニート引きこもり仕事チャレンジ 屋根職人養成プログラム」
SNSで語られた「元引きこもり」の社会復帰ストーリー
2020年5月、企業の採用担当者であるkjさん(@kj_mba2019)は、10年以上も引きこもり経験のある男性と面接で出会った経験についてTwitterで語りました。発端は次のツイートです。
うちの会社の採用面接は全て僕がやっているんだけど、過去に1人だけ元引きこもりを採用したことある
— kj (🇺🇸NY / MBA→日本帰国) (@kj_mba2019) May 15, 2020
履歴書を初めて見たときに、35歳なんだけど職歴のブランクが10年以上
普段なら迷わず書類で落とすけど、なぜこのタイミングでうちに応募してみたのか、興味本位で面接に呼んで会ってみた(続く
相手に興味を持ったkjさんが話を聞くと、「新卒で入社した会社が合わずすぐ退職。それから引きこもってゲームをしていたら10年経っていた」と語ったそうです。その求職者は応募について、強い思いを持っていました。
応募理由を聞くと
— kj (🇺🇸NY / MBA→日本帰国) (@kj_mba2019) May 15, 2020
そこには引きこもりを脱したい強い想いと覚悟があった
・両親が自分のことを心配している
・これ以上心配かけたくない
・働くチャンスがあれば死ぬ気でやりたい
・自分を変えたい
こんな想いをとても不安そうに語りながらも瞳の奥には強い意思を感じた(続く
kjさんの勤める企業では、「働かざるを得ない理由が強い人」を基準に採用しており、そういった面でこの応募者はぴったりだったといいます。多少の不安は抱きつつも、パートタイマーの倉庫作業員として採用。2日後の初勤務当日、心配しながらも会社に向かったkjさんの目には驚きの光景が飛び込んできました。
多少の不安はあったものの、自分の見る目を信じて、パートタイマーの倉庫の作業員として採用し、2日後から働いてもらうことになった
— kj (🇺🇸NY / MBA→日本帰国) (@kj_mba2019) May 15, 2020
出社初日
本当に出社してくるのか、なぜか僕までドキドキしながら会社に行くと
もはやシャウトに近いレベルで社員一人一人のところを挨拶してまわってた(続く
その日から彼は、10年超の元引きこもりとは思えないほどの活躍をみせた
— kj (🇺🇸NY / MBA→日本帰国) (@kj_mba2019) May 15, 2020
倉庫内を縦横無尽に駆けまわりながら、どんな仕事にも一生懸命取り組む姿に社内からの評判もとても高かった
初めてのお給料の日には、彼は僕の所にわざわざお礼を言いにきて、家族をご飯に連れて行くと言って嬉しそうにしていた
それから数ヶ月、必死に仕事をこなしていた引きこもり経験者の「彼」は、緊張した面持ちでkjさんを訪ねます。「ここまで頑張ってきたのに辞めちゃうのか……」と落胆したそうですが、「彼」が伝えたのは「仕事が充実していて毎日が楽しい。もっと頑張りたいから正社員にしてほしい」という言葉でした。kjさんは嬉しさのあまりその場で正社員として採用したといいます。宣言通りますます精力的に働くようになった「彼」は、今では「倉庫のことならこの人に聞け」と言われるまでに成長したそうです。
原因は人それぞれ。一筋縄ではいかない引きこもり支援
引きこもってしまう原因は決して画一的なものではなく、一人ひとり異なるものです。原因が異なれば、当然解決策も人によって異なります。ワンステップスクールが訴えられるきっかけとなった、非人道的ともいえる「社会復帰」の手法は一般的な価値観からすれば批判の対象になるのは当たり前のように思えます。しかしその一方で、ワンステップスクールの支援を通じて実際に社会復帰に至り、感謝している人もいるということも心に留めておきたい事実です。
就労支援だからハローワークの領分だろう、いや精神科だ、いや親の教育だ、カウンセラーだ……と責任を論じていても、現実の引きこもり問題は解決しません。実際に行われている支援の場と事例を知ることで、再び社会に一歩を踏み出す機会になるのではないでしょうか。