勤めている会社を退職しようと決心したとき、どのような理由であってもその意思を伝えるのには勇気が必要です。そのため、近年では「退職代行サービス」を利用して退職する人も増え始めています。
「退職代行サービス」とは、退職したい従業員に代わって手続きを進めるサービスのこと。企業と労働者の間に第三者が入り、スムーズな退職を目指します。しかし、いざ退職代行サービスを使われると、人事担当者や現場の担当者はどのように対応してよいか分からなくなる方が多いのではないでしょうか。今回は、この「退職代行サービス」への対処法とそのときの引き継ぎの仕方を分かりやすく解説します。
「退職代行サービス」とは?
「退職代行サービス」をひとことで表すと、従業員に代わって退職の意思通達から手続きまで進めてくれるサービスです。近年、このようなサービスは増えてきており、その背景には辞めづらさがあるといわれています。執拗な引き留めや嫌がらせを行う企業はゼロではないため、退職代行サービスを使ってスムーズに退職したいという労働者が多く存在するのです。
また、SNSやメールなどを使ってすぐに依頼がしやすいというのも特徴のひとつ。スピード感をもった対応を優先しており、面と向かっての打ち合わせはほとんどありません。基本的にはSNSやチャットツールで代行業者と連絡を取り合い、勤めている会社に出社することなく退職できるという運びです。
退職代行サービスの法的効力は?
企業の担当者として最も気になるのが、退職代行サービスにおける法的効力ではないでしょうか?結論からお伝えすると、弁護士資格を持っていない民間企業からの依頼であれば、法的に強い効力はありません。
というのも、弁護士法第72条で、法的な交渉業務は弁護士の独占業務と決められています。(e-Gov「弁護士法」参照)そのため、民間企業における退職代行は、意思伝達の役割しか担えません。残業代や有休消化に関する交渉などは、基本的にNGとされています。
もし、いきなり代行業者から退職者に関する連絡があった場合、気が動転してしまうこともあるでしょう。しかし、慌てて早急に決断を下す必要はありませんよ。実際、退職において何かしらの効力を争う場合は、本人と直接コンタクトを取ることが必要とされているのです。
とはいえ、退職代行サービスを使ってまで自社を辞めたいと思っている社員に話を聞くのは、そう簡単ではないかもしれません。話し合いを円滑に進めるためには、相手の意志をきちんと汲み取り、ストレスにならないようなやり取りを心掛けることが重要です。実際、多くの企業が退職の意図を確認したらそのまま受け入れることが多いです。まずは正しい知識を持ち、落ち着いた対応をしてくださいね。
退職代行サービスを使われたときに会社が行うべきこと
ここでは、実際に従業員が退職代行サービスを利用した場合、会社が行うべき対応をご紹介します。いざ直面すると焦ってしまうかもしれませんが、落ち着いて対応すれば大きなトラブルにはならないことがほとんどですよ。
対応➀:代行業者の確認
退職代行業者から連絡があった場合、まずは弁護士資格を保有しているか否かを明確にしましょう。弁護士資格を持つ者が連絡をしてきた場合は交渉権を持つため、残業代や有休消化に関して交渉をしてくることがあります。その際、きちんと交渉に応じなければ法に抵触することもあるので、自社の顧問弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士資格のない民間企業からの連絡であれば、基本的に労働者の意思伝達しかできません。強気に交渉してきたとしても、基本的に応じる必要はないので留意しておきましょう。ただし、だからといって悪い態度をとっていいわけではありません。きちんと交渉内容を確認し、話し合う姿勢をとるようにしてください。
対応②:本人確認の実施
退職したい労働者の本人確認は必ず行いましょう。何かしらの手違いで、退職代行から連絡が来ている可能性もゼロとは言い切れません。仮に悪意のある第三者が無理やり退職させようとしていれば、後に非常に大きなトラブルへと発展してしまいます。このような事態を防ぐため、免許証・社員証・社会保険証のコピーなどを提出してもらい、必ず本人であることを確認してください。
対応③:本人による退職届の作成依頼
本人確認が済んだら、直筆の署名・捺印のある退職届を作成してもらうよう依頼しましょう。フォーマットが自由な会社であれば、必須の記載事項を代行業者に伝えて郵送で送ってもらってください。会社で指定のフォーマットがあれば、どのような進め方が望ましいかを代行業者と相談するのがベターでしょう。
加えて、改めて本人が提出したかどうかを確認するために、SMSやメールで退職届の受領を伝えることをおすすめします。仮に、提出したのが本人でなければ、何かしらのリアクションがあるはずです。退職代行を利用しているからといって、会社が直接本人に連絡を取ってはいけないという法的効力はありません。トラブルを防ぐ意味でも、ここでも必ず本人確認を実施しましょう。
対応④:退職の承認
最後に、退職の承認を行って終了です。その際、代行業者に加え、本人にも退職を承認した旨を伝えるとよいでしょう。基本的に、労働者が退職届を出しても、会社側が承認の意思を明確にしなければ雇用契約の解消にはならないとされています。退職届を受け取り、何の問題もなければ速やかに承認の意思を伝えるのがベターです。その際、書面に退職届を受け取った日付・退職を承認した日付を明記し、郵送などで送っておくと、よりトラブルを防ぎやすいでしょう。
退職代行サービスへの対応における注意点
退職代行に対応する際、もちろん注意点も存在します。下記の点を注意しながら、過不足のない対応を心がけてくださいね。
注意点
- 本人確認を怠らない
- 業者とのやり取りの際、「脅迫」「嫌がらせ」にならないように威圧的な態度をとっていないか注意
- 潜在的な労働問題に注意
前述した通り、何よりも本人確認が重要です。本人確認を怠った結果、退職意思のない従業員を退職させてしまうことにもなりかねません。また、代行業者とのやり取りの際、「脅迫」や「嫌がらせ」にならないように注意しましょう。いきなり知らない人から従業員が会社を辞めたがっている、と言われたら感情的になってしまうのも分かります。しかし、ここで「本人と直接話をさせないと退職願は受理しない」などの発言をしてしまうと、法に抵触する場合も考えられます。交渉の際は、冷静で客観的な内容を述べるようにしてください。
加えて、自分で退職の意思を伝えられない=労働環境に問題があった可能性も考えられます。何かしら言いづらい部分があったため代行業者を利用するということです。「パワハラはなかったか?」「労働法に違反している部分がなかったか?」「賃金の未払いはなかったか?」というような点を、改めて見直してみてください。仮に弁護士からこのような問題点を提言された場合、会社全体の問題になりかねません。改めて社内体制について再考してみてくださいね。
退職代行サービスを使われたときの引き継ぎは?
「退職代行サービス」を利用した従業員は、基本的に二度と会社には出社しないと考えた方がよいでしょう。その際、業務の引き継ぎはどうするのか?という点が気になりますよね。結論からいうと、業務の引き継ぎをしなくてはいけないという法律はありません。というのも、引き継ぎ業務は、「民法」や「労働基準法」で決められた義務ではありません。そのため、引き継ぎをしなくても離職は可能です。
一方で、法律で定められていないから諦めるしかないという訳ではありません。最低限の引き継ぎは代行業者を通して行える場合があり、交渉する企業も少なくないのです。「簡単なデータだけでいいので引き継ぎ資料を作ってほしい」「在宅ワークで構わないから引き継ぎが終わるまで働いてほしい」など、方法はさまざまです。まずは諦めず、代行業者を通して、従業員に相談してみてはいかがでしょうか?
まとめ
「退職代行サービス」という形で、本人ではなく第三者から退職の意思を伝えられると、複雑な心境になる企業は多く存在します。一方で、前述のとおり労働者が退職を決意しても自分で伝えられない=労働環境に問題があったという場合もあるでしょう。上司とのトラブルや退職しづらい企業風土など、会社側にストレスを与えてしまうような原因があったのかもしれません。
退職代行に直面したら、まずは落ち着いて対応しつつ、職場環境に問題がなかったかどうかを改めて考えてみてください。そうすることで、より働きやすい企業へ成長し、従業員が意見を伝えやすい環境になるはずですよ。