エンパワーメントとは?推進するメリットとデメリット

光を指さす 社員教育

「エンパワーメント(empowerment)」というマネジメントの手法を耳にしたことはあるでしょうか。

ビジネスシーンにおいて「現場や従業員への権限付与」を意味するエンパワーメントは、「各人に裁量を与えることで、各々の自律性を引き出し、組織のパフォーマンスを最大化する」ことを目的に取り入れられています。
従来の「縦割り型の組織」から、「フレキシブルな自律型チーム」へ変容をもたらし、組織としての生産性・創造性を高める方法として、現在さまざまな業界で注目されている概念です。

この記事では、組織の固定化や停滞に悩む方、またチームビルディングの効果的な方法を探している方などに向け、エンパワーメントの意義や効果について詳しく解説していきます。さらに実際にエンパワーメントの理念を取り入れるにあたり、留意しておきたいポイントや具体的なプロセスの進め方についてもお伝えします。

エンパワーメントとは

疑問

「エンパワーメント(empowerment)」は、直訳すると「力を与えること」という意味。もともとはビジネス用語ではなく、人権運動や教育・福祉の場面において「弱い立場に置かれた人々に力を与える」といった文脈で使われており、多層的なニュアンスを持った言葉です。 まずはこの多義的な概念について整理しながら、エンパワーメントがビジネスにおいてどのような意義を持つかを解説していきます。

“empowerment”の原義

抽象的な言葉の意味を理解するためには、単語の成り立ちを分解してみることが有効です。多様な意味合いに共通する軸を掴むことで、その言葉が示す「理念」が明確になるからです。

“empowerment”という単語は、「en(em)+power+ment」という三つの部分から成り立っています。enという接頭辞は、“enrich”(豊かにする)や“encourage”(勇気づける)というように、「●●を与える・つける」という意味を表します。“empower”とはすなわち、「パワーを与える」ことを意味し、転じて「地位や権力を付与する」「能力を引き出す」といった意味の広がりを持つことになります。この“empower”を、「move(動く)→movement(動き)」のように名詞化したものが“empowerment”です。 用いられる場面に応じて、「能力」や「発言権」「決定権」「影響力」など、与えられる「パワー」の種類は多岐にわたるため、それだけ多様なニュアンスを持つことになります。

ビジネスにおけるエンパワーメントの意味

「エンパワーメント」がビジネスにおいて持つ意味を具体的に捉えるには、ビジネスシーンにおいて「パワー」が何を意味するかを見定める必要があります。

まず考えられるのは、「能力やパフォーマンス」でしょう。この側面からいえば、エンパワーメントは「能力開発」といった意味合いを持つことになります。

一方で、ビジネスにおける特有の「パワー」として、「職務における裁量」「仕事場における影響力」というものも考えられるでしょう。ビジネスシーンで用いられる「エンパワーメント」は、特にこの側面に重きを置かれることが多いです。
すなわち、「個人の役割が画一的に制限・管理されている状態」から、個々にパワー(裁量や権限)を与えることで、各人や各チームが自律的に動けるようにする、といった意味合いを指します。

権限付与によって自律性を引き出すことは、第一に挙げた「能力開発」という意味でも効果が期待できるものです。それまで組織の職務分掌などのため制限されてきた範囲にも裁量が及ぶようになり、しがらみを気にせず持てる能力をフル活用できる、という効果が「エンパワーメント」の一つの利点です。

具体的には何をすればいいのか

「エンパワーメント」は経営における方針や理念を示す言葉であり、明確に「何をどうする」というテンプレートが存在するわけではありません。
実際にエンパワーメントの考え方を導入する際には、「従業員の業務範囲を広げる」といった実務上の対応と同時に、従業員に対して「自身の判断で動いてよい」などと自主性を促すような心理面での対応、二つの観点から変化を進めていく形になるでしょう。

たとえば、部下にチャレンジングな仕事を任せることも一つのエンパワーメントですし、職場で委縮する部下に「もっと気軽に発言していいんだよ」などとフォローすることも、一つのエンパワーメントだといえます。このように、各々の従業員が自身の持つ力を発揮しやすい環境を整備していく一連のプロセスのことを、総合して「エンパワーメント」と呼ぶことができるでしょう。

エンパワーメントを導入するメリット

パフォーマンス向上

経営に「エンパワーメント」の考え方を導入する効果として、「自律性やパフォーマンスを引き出す」ということが挙げられますが、これだけでは事柄の実相が見えにくいかと思います。ここでは、「エンパワーメント」が実際の職場においてもたらす具体的なメリットについてお伝えしていきます。

ケースに応じた柔軟な動きが可能に

業務の担当領域を厳密に区分していると、部門間での確認作業が多く必要になり、臨機応変な対応が難しくなるケースが頻出します。案件ごとに状況が異なり、現場判断が必要となるような業務においては、「現場に決定権を与え、実際に状況を把握している人間が判断を下せるようにする」というシステムがフィットすると考えられます。 現場に自律的に動ける裁量を与えることで、組織の柔軟性や対応力の向上を見込める点が、エンパワーメントを行うメリットの一つです。

ポテンシャルの最大化による創造性の向上

組織づくりの基本的な考え方として、「職務内容」という「型」に各人の能力をあてはめていく、という方法が一つ考えられます。これは業務の画一化・安定化という面で大きな効果を持つ一方で、「型」に収まらない個人のポテンシャルを活かしきれない側面があります。
エンパワーメントの組織モデルは、「各人が自律的に発揮する多様な能力が、チームとして有機的に結びつきながら、ダイナミックに組織を形成していく」というものです。 クリエイティブな発想が求められる企業や、新しい切り口を必要とする広報部門や開発部門など、エンパワーメントの恩恵にあずかることができるでしょう。

達成感・やりがいの向上による人材定着

制限された範囲でのみ業務を行っていると、従業員にとって仕事がルーティンワークとなり、「自分が働いていることの意義」を見出しにくくなります。各人に裁量を与え、自身の責任と判断のもと動ける環境を用意することで、従業員は「自分自身が仕事にコミットしている」という感覚を抱くことができ、達成感ややりがいを見出せるようになるでしょう。 こうした「働きがい」の有無は、人材を長期にわたって定着させるための重要なポイントです。

中途採用者など、多様な人材を活かせる

中途入社した従業員は、それまでと異なる組織の慣習やルールに適応するのに時間がかかり、なかなか本来の能力を発揮できないものです。このときも組織を「役割ベース」ではなく「能力ベース」で構築していくエンパワーメントの考え方は、さまざまな経験・能力を持った従業員を活かすことにつながります。
人材不足が深刻化していく今後の日本社会において、このように幅広い人材を活かせる環境というのは、継続的なマネジメントの土台となるでしょう。

エンパワーメント導入によるデメリット

リスクカット

現場や個人に権限を与えるエンパワーメントのモデルは、組織構造を大きく変容させるものです。それに伴い、上述のようなメリットがもたらされる一方、職種や部門によってはデメリットをもたらしてしまうケースも考えられます。 導入に万全を期すために、エンパワーメントの推進に際して考えられるリスクを整理しておきましょう。

画一性・安定性が重要な現場には向かない

エンパワーメントによって構築される自律型の組織は、柔軟性に優れる一方、常に同じ品質やサービスなどが求められる領域には適さない傾向にあります。接客における統一感が必要な職種や、工程や品質の徹底した管理が必要となる職種などにおいては、裁量とルールとのバランス調整が重要になるでしょう。

管理者のマネジメントが及ばなくなるリスク

仕事における裁量権を複数の従業員に与えることは、「責任が分散する」ということを意味します。責任の所在を明確にしておかなければ、管理職の目が及ばないところで不利益な商談が進んでいたり、原因の認知できないトラブルが生じたりといったリスクも考えられます。
権限を委譲するとはいっても、個々の判断が許される範囲の基準を共有し、組織の方針とのズレをなくしていく必要があるでしょう。

権限と能力とのミスマッチ

決定権を与えられることに対して、必ずしも肯定的な従業員ばかりではないことにも注意しておく必要があります。「責任を負わされるよりも、言われたことを忠実にこなす方が性に合う」という従業員もいるでしょう。
当人の意欲や能力に見合わない権限は、従業員に大きな心理的負担を課し、業務効率の面でも悪影響を及ぼします。エンパワーメントの効果を最大化するためには、従業員の能力を適切に評価しながら、適性・特性に合わせた権限を与えていくことが必要です。

エンパワーメントを成功に導くには

成功へ

エンパワーメントを効果的に推進していくためには、上述したようなリスクに対し、十分な対策を講じておくことが必要となります。この項では、エンパワーメントにおける柔軟な組織づくりを円滑に進めていくためのポイントを解説していきます。

方針についての情報共有

エンパワーメントの考え方を組織に浸透させるには、まず「各自に与えられる裁量が増える」という点をビジョンとして共有しておく必要があります。いきなり権限を従業員に与えるのではなく、今後の職務分掌の変化やその目的などを事前に周知し、「どの役職にどれだけの決定権が与えられるのか」「責任の所在はどうなるのか」といった疑問に答えられるようにしておきましょう。
従業員へのヒアリングなども行いながら、本人の意向と与える権限を擦り合わせておくことも重要です。一人ひとりの納得感を重んじながら、組織としての理念を共有し、変革のための素地を整える必要があります。

体制づくりは段階的に

エンパワーメントの理念を導入することで、組織内のパワーバランスや業務フローは変化していくと考えられます。その際に重要なのは、「立ち現れてくる個々の能力」に合わせてチームや組織をフレキシブルに組み立てていくことです。
考え方としては、「あらかじめ用意されている役職に任用する」というのではなく、「一定の権限を与え、新たに見出された能力に応じてチームを構築していく」という方針が、エンパワーメントの効果を引き出すポイントです。実際に業務上の権限を委譲するにあたっては、少しずつ裁量の幅を増やしていきながら、「どのような能力が際立ってくるか」というのを見極めていく必要があるでしょう。

「混乱と不満」の段階を乗り越える

従来の職務分掌に慣れ親しんだ従業員は、エンパワーメントによる組織の変容に適応することが難しくなるケースも存在します。
宿泊業の大手「星野リゾート」は、代表の星野佳路氏自らがエンパワーメントの理念を取り入れ、組織のフラット化、従業員のマルチタスク化による業務効率の改善・定着率の向上といった効果をあげています。しかし、この体制が根付くまでには、「混乱と不満」の時期を乗り越える必要がありました。

具体的には、それまで専業化されていた清掃や調理、フロントなどの業務を、マルチタスク化によりすべてのスタッフが対応可能としていく過程で生じた混乱です。それまでの専門分野にプライドを持っていたスタッフからの反感や、特定の業務に対する苦手意識、負担の偏りなど、フレキシブルな体制ならではの問題が生じてきたといいます。
この問題の解決につながったのは、「さらなるフラット化を徹底するためのビジョン共有」です。マルチタスク化の目的についても意義を再確認し、「オペレーションを効率的に裁く」ということ以上に、「多角的な意見を吸い上げる」というポイントが重要であると、従業員同士が目線を合わせることで、細かな問題点をその都度処理できる組織が構築されていきました。

上記のような「混乱と不満」の段階は、星野佳路氏が「エンパワーメント」の理論を学んだという『社員の力で最高のチームをつくる』(ケン・ブランチャード、ジョン・P・カルロス、アラン・ランドルフ、御立英史(訳)、星野佳路(監訳)、ダイヤモンド社)においても言及されているポイントです。ビジョンを堅持し、従業員との共有を徹底することが、この段階を乗り越えるにあたって必要だといえるでしょう。

(参照:日経ビジネス「星野リゾートの方程式~最新・事件簿&教科書」

まとめ

マネジメントに「エンパワーメント」の理念を取り入れ、従業員に自律的な行動を促すことは、トップダウン型の組織構造からの脱却を意味するものです。「フラットな組織で各々が潜在能力をフルに発揮していく」という明るいビジョンをもたらすエンパワーメントですが、導入に伴う変化は決して小さなものではありません。

これまで厳密な職務分掌を有していた組織ほど、そこに馴染んでいた従業員からの不満や新しい形態への戸惑いなど、クリアしなければならないポイントは多いでしょう。 急激に推し進める「エンパワーメント」は、組織にとっての「劇薬」となるものです。メリットを十分に引き出すために、事前のヒアリングや周知を徹底し、変化に対する見通しを組織内で共有しておくことが重要といえます。

この記事を書いた人
鹿嶋祥馬

大学で経済学と哲学を専攻し、高校の公民科講師を経てWEB業界へ。CMSのライティングを300件ほど手掛けたのち、第一子が生まれる直前にフリーへ転身。赤子を背負いながらのライティングに挑む。

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