退職で生じた損失は損害賠償の対象になる?請求できるケースとそのポイントを解説

離職

社員の退職は、企業経営に大きな打撃を与えます。採用コストや育成コスト、退職によって中断してしまったプロジェクトの利益など、「被った損失について、損害賠償を請求することはできないか」と考える人事担当の方も多いのではないでしょうか。

今回はこのような疑問にお答えすべく、「退職者への損害賠償請求が認められる条件」について、実際の判例とともに解説していきたいと思います。重ねて、「退職における損失を減らすにはどうしたらいいか」という点についても考察していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

退職できる条件とは?

まずは労働者に認められている、退職の権利について見ていきましょう。

日本国憲法は第22条において「職業選択の自由」を定めていますから、基本的に労働者は自らの退職について、自由な決定権を持っています。

ただし、社員からいきなり「今日から行きません」と言われても会社側は対応することができません。そのため民法には、退職届の提出から退職までの期間について、詳しい規定がなされています。

「期間の定めがない雇用契約」の場合

雇用契約を結ぶ際、働く期間について定めていない場合は、基本的に退職日の「二週間前」までに退職する旨を伝える必要があります。

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。

この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

(民法627条1項)

つまり、雇用期間に定めがない場合、退職日の二週間前に届け出が提出されれば、雇用者側は労働者による退職の申し入れを拒否することができない、と考えてよいでしょう。

期間の定めのある雇用契約の場合

雇用契約に特定の期間が定められている場合は、基本的に労働者はその期間を全うしなくてはいけません。ただし以下に挙げるケースは例外となるので、注意が必要です。

(1)契約開始から1年以上が経過した場合

契約期間が1年以上ある雇用契約においては、開始から1年以上経過した時点で労働者は自由に退職できるようになります。この場合、「期間の定めのない雇用契約」の場合と同様、二週間前までの届け出によって退職が可能となります。

(2)やむを得ない理由がある場合

出産や家族の介護、また会社による不法な残業の強要など、雇用契約を継続することが著しく困難である場合には、契約期間内であっても退職が認められます。ただし、一方的な理由による退職はいわば「契約不履行」にあたるわけですから、これによって損失を被った側には損害賠償を請求する権利が認められています。

当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。

この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

(民法628条)

つまり、病気などのやむを得ない理由で、契約期間内に社員が退職することとなった場合であっても、会社側が損害賠償を請求できるケースが存在することになります。

では、損害賠償請求ができるのはどのようなケースなのでしょうか。

退職で生じた損失は損害賠償請求できるのか?

退職者に対して損害賠償請求を行うには、「雇用契約において、退職者側が法的義務を果たさなかった」という事実が前提として必要です。退職手続きにおいて労働者が守らなければいけないのは、基本的に契約期間に関する規定だけですから、損害賠償請求が可能なケースはかなり限定されると言えるでしょう。

損害賠償請求ができる場合

退職できる条件」に反するケースとしては、大きく以下の二つが考えられます。

(1)退職日から二週間を切ってから退職を告げ、一方的に出勤しなくなった

(2)期間を定めた雇用契約を満了せずに退職した(※契約開始から1年以内の場合)

このいずれかに該当するケースで、なおかつ「退職を直接の原因とする損失があったこと」を具体的に立証できる場合であれば、損害賠償請求の条件が揃っていると言えるでしょう。

損害賠償請求が認められた事例

具体的に、どのようなケースでどの程度の損害賠償が認められるのか、判例をもとにチェックしてみましょう。

【事例】

A社は新規プロジェクトを履行するにあたり、必要な人材としてB氏を新たに採用しました。しかしB氏は入社直後に病気のため欠勤し、入社から4日で退職することになりました。B氏の退職によりプロジェクトは中断を余儀なくされたため、A社はこのプロジェクトにおいて生じるはずだった利益1,000万円のうち、B氏の責任に由来するものとして200万円の支払いを求め、B氏はこの念書にサインしました。しかし、この支払いが行われなかったため、A社はB氏を提訴しました。

裁判所は、「諸経費を除いた際の利益はA社が主張するほど高額でないこと」と、「A社側の労務管理にも至らない点があったこと」などを理由に、損害賠償額を70万円に減額したうえで、B氏に支払いを命じました。

(参考サイト:「厚生労働省 「辞職」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性」)

【ポイント】

前提として、B氏は「入社から4日」で退職しているため、「退職日の二週間前」というルールを破っています。

さらにA社とB氏との契約は、特定のプロジェクトの遂行を目的としたものであるため、「B氏の退職」は「プロジェクトの中断」の直接的な原因となっています。

退職による損害賠償請求が認められるのは、このように「退職者が法律に則らない形で退職した」こと、「退職が損害の直接の原因となった」ことという、二つの点について明白であるケースに限られると考えてよいでしょう。

損害賠償請求ができない場合

反対に、損害賠償を退職者に請求することができないケースについても見ていきましょう。

注意しなくてはならないのは、会社側がどれだけ退職による損失を被ったとしても、退職者が法律に則って事前に退職の旨を通知していれば、基本的に損害賠償を請求することはできないということです。

つまり、期間の定めのない雇用契約なら「二週間前」に、期間の定めのある雇用契約なら「一年経過してから」退職の旨を申し入れられてしまえば、たとえ損失があっても損害賠償は認められません。

気をつけなければならないのは、「法的な根拠のないまま損害賠償を請求したことにより、反対に退職者側へ損害賠償を支払わなければならなくなった」という事例も存在している点です。退職されて損害を被り、さらに退職者に損害賠償を支払うことになっては、会社へのダメージは計り知れませんので注意が必要です。

損害賠償請求が認められなかった事例

損害賠償請求を行った会社側が、反対に損害賠償を命じられてしまったケースを紹介します。

【事例】

X社に勤務していたY氏は、躁うつ病との診断を受け、入社から8ヶ月の時点で退職を申し出、翌日から欠勤するようになりました。X社側は一旦退職を受け入れましたが、2ヶ月後にY氏が他社での勤務を開始していることを知り、「Y氏の退職理由は虚偽のものであった」と、Y氏に対し約1,271万円の損害賠償を求めました。

訴えられたY氏は反対に、X社の訴えを不当として、X社に330万円の支払いを求め反訴しました。

裁判所は、「躁うつ病の診断書そのものは本物だったこと」「X社が一度退職に合意していること」を根拠に、X社の訴えが不当なものであると退けました。さらに、X社の訴えについて、裁判制度の趣旨に反するものであり、Y氏に対する違法行為にあたるとして110万円の支払いを命じる判決を出しています。

【ポイント】

「退職を申し出て翌日から欠勤」という条件を考えると、Y氏の退職手続きが法的に十全であったとは言い難いでしょう。

それでもX社の訴えが認められなかったのは、「損害賠償額の算出に明確な根拠がないこと」や、「Y氏の退職理由が虚偽だとする根拠がないこと」などの理由によるものと言えます。判決の条文からは、X社に対する裁判所の否定的な姿勢が読み取れます。

(参考サイト:「労働基準判例検索-全情報」)

退職で生じる損失を最小限に抑える方法

ここまでの説明で、「退職による損失を損害賠償によってカバーする」ということが相当に困難であることが伝わったかと思います。

退職手続きに法的な問題がある」ことに加え、「退職によって直接的な損害が生じたこと」を、明確な根拠とともに示すことができなければ、損害賠償請求は難しいと考えた方が良いでしょう。

そこで考えるべきは、退職によって生じる損失をいかに抑えるか、ということです。「そもそも離職をどのように防ぐか」「退職の意思を伝えられた場合、どのような対処をすれば損害を最小限に抑えられるか」といった点について、最後に考えてみたいと思います。

就業規則によって退職を制限することはできる?

期間の定めのない雇用契約においては、二週間前までに退職の申し出があれば、雇用者はそれを受け入れるほかありません。そこで、「就業規則により厳しい条件を記載しておこう」と考える方もいるかもしれませんが、それは有効な手段とは言えないでしょう。

たとえば「退職は3ヶ月前に申し出る」ということを就業規則として定め、労働者が契約時にそれに同意していたとしても、労働基準法などの法律に反するような就業規則は無効となってしまいます。

事前に退職の際の罰則を設けることはできる?

雇用契約を結ぶ際に、「この条件を守らなければ損害賠償を請求する」といった内容を盛り込むことは、労働基準法において禁止されています。

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

(労働基準法第16条)

その他、たとえば「契約期間の途中で退職する場合、研修にかかった費用などを退職時に請求する」といった契約内容も、この16条に違反すると考えられます。

退職まで円満な関係を続けることが、損失を最小限にする

ここまで見てきたように、職業選択の自由は憲法や法律で手厚く保護される権利です。そのため、退職を「ルールによって制限する」という方法は難しいと言えるでしょう。

社員が一旦「退職する」という決意を固めてしまうと、会社側にそれを引き留める術はほとんどありません。そのため退職において「損失を最小限に留める」というのは、実質的に「今後の業務になるべく支障が出ないようにする」ことを意味することになるでしょう。

そのためには、退職の意思を伝えられた際、「円満な関係」を続けるよう努めることが重要です。

退職の話がこじれてしまった場合、結局引き継ぎもままならないまま、内容証明を送りつけられ退職されてしまったり、逆に損害賠償を請求されてしまったりと、さらなる損失につながる可能性もあります。相手の意思を尊重しつつ、双方の今後にとって支障が起きないよう、引き継ぎのプロセスなどについて十分打ち合わせておきましょう。

退職者と円満な関係を続けていれば、「どのような点に不満があったか」という率直なフィードバックも得られるかもしれません。今後の職場環境や労働条件を見直すことで、さらなる人材の流出を防ぎ、定着率向上を図るチャンスとしたいですね。

この記事を書いた人
鹿嶋祥馬

大学で経済学と哲学を専攻し、高校の公民科講師を経てWEB業界へ。CMSのライティングを300件ほど手掛けたのち、第一子が生まれる直前にフリーへ転身。赤子を背負いながらのライティングに挑む。

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