求人票に記載した給与額を下げることは可能?変更時の注意点を解説

給与 採用

求人票に記載する給与額などの条件は、多くのエントリーを募るための重要なファクターです。
限られた情報のなかから応募先を決めなくてはならない求職者にとって、そこに示された待遇は判断の主要な基準となるでしょう。

それだけに、求人票に記載した給与や給料(基本給)が実際のものと違っていれば、労使間の大きなトラブルにつながることも考えられます。
しかし経営上の都合により、やむをえず記載通りの給与を支払えなくなるケースもあるかもしれません。求人票の内容に対して、企業はどの程度責任を負わなくてはならないのでしょうか。

この記事では、実際の判例をもとにしながら、求人票に記載された内容の法的な扱いや、給与額を下げる際の注意点について解説していきます。

求人票記載の給与額は法律上どう扱われる?

法律

雇用者は労働契約の締結にあたり、給与をはじめとする条件について正しく労働者に通知しなければならない「労働条件明示義務」を有しています(労働基準法15条1項)。入社時などに取り交わした契約書の条件と、実際の待遇が違えば、雇用者側は法的な責任を問われるということです。

では、「求人票に記載した給与額と異なる額を支払いたい」という場合、内定の段階で、求人票の内容は契約上の有効性を持つのでしょうか。

結論からいえば、求人票に記載される内容は、入社後の雇用条件を確定するものではなく、あくまで「見込み」としての性格を持ちます。新卒など、内定から入社までに期間が空くケースもあるため、求人票に記載した待遇は絶対的な拘束力を持つものではありません。

そのため、給与額を変更しなければならない客観的な理由があり、求職者や内定者側と合意形成ができているのであれば、求人票とは違う条件で労働契約を結ぶことができます。

ただし、求人票にあえて誤解を誘発するような表記を掲載したり、説明のないまま一方的に給与額を変更したりする行為は、労働契約における「信義誠実の原則(信義則)」に反するものとして、不法行為と見なされる可能性があります。当然ながら、求職者を多く募ることを目的に、実態に即していない労働条件を記載することはNGです。

求人票と実際の給与額が異なることをめぐる裁判例

裁判

具体的に、求人票の記載内容と実際の待遇が違うとき、違法となるのはどのようなケースでしょうか。
ここでは、会社側の措置が適法と判断されたケースと、不法行為と見なされたケースを比較し、基準となるポイントについて考察していきます。

給与額の変更が適法とされたケース

求人票記載の給与額が、法的にどのように扱われるかについて、明確な指針を示した判決として「八州測量事件(東京高裁 昭和58年12月19日判決)」が挙げられます。
学校の求人斡旋を通じて新卒者を募った会社が、石油ショックなどの影響により、記載額を3,000~5,000円ほど下回る給与を支給したことを受け、労働者側が差額分の支払いを要求し提訴した事件です。

主な争点となったのは、内定時点での支給予定額が法的な拘束力を持つかどうか、ということですが、裁判では求人票などに記載された給与額はあくまで「見込み額」であり、入社時の賃金を確定するものではないという判断が下されました。

さらに、石油ショックが背景にあったことや、それに伴う給与額の変更が予想される旨を入社前に説明していたことなどをふまえても、会社側の措置は不当とはいえないとされ、労働者側の要求は棄却されています。

求人票に記載した労働条件の変更をめぐり、この判決で明確に示された見解としては、以下の二点が挙げられます。

  • 求人票の給与額は、「最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確定されることが予定された目標としての額であると解すべき」である
  • しかし、契約に際して給与の減額があったとしても、実質的に労働者側はその条件を受け入れざるを得ないケースも多いため、みだりに記載額を下げることは信義則に反する

つまり、「求人票に記載した給与額を下げること自体には違法性はないが、常識を逸脱するような形での減額は不法行為と見なされうる」ということです。法的に正当な形で給与額を変更するには、「客観的な理由」と「事前の合意」が必須となるといえるでしょう。

(参照:労働政策研究・研修機構(JILPT)「雇用関係紛争判例集 2.雇用関係の開始(4)募集」

給与額の違いが不法行為と判定されたケース

上記のケースとは異なり、事前の合意がなかったことにより、会社側の措置が不法行為と見なされたケースに「日新火災海上保険事件(東京高裁 平成12年4月19日判決)」が挙げられます。

会社側はランク付けによって給与が変動するシステムを採用していましたが、求人票に給与額を記載するにあたり、実際には下位のランクから始まるにもかかわらず、平均程度の額を掲載していました。
入社前の段階で、給与体系についての十分な説明なしに記載額を下回る給与を支給したことに対し、労働者側はその差額と慰謝料の支払いを請求した事件です。

裁判所は、求人票の記載額があくまで見込み額であり、労働契約上の条件として有効性を持つものではないことから、差額分の支払いについての請求は認めませんでした。
しかし、入社説明会などでも給与システムについての十分な説明をせず、平均額相当の給与を受け取れるという誤解を労働者に与えたままにしていた会社側の行為について、「労働条件明示義務」を定めた労働基準法第15条第1項に違反するものと判断し、慰謝料の請求を認めています。

(参照:広島県「労働者個人と事業主との間のトラブル(労働トラブルQ&A・判例集)内資料「採用過程における労働条件の明示」

給与額の変更をめぐるトラブルを避けるためのポイント

給与明細

上記の判例などをふまえながら、求人票に給与額を記載する際の注意点や、実際に額を変更するときに留意すべきポイントを解説します。
求人において多くの求職者を募るために、不都合なポイントを曖昧にしておく企業も見られますが、入社後の定着率や勤労意欲などを考えれば、なるべく募集をかける段階からはっきりした情報を開示しておくことが重要です。

入社直後の段階での基本給が明確になるように記載する

求人票記載の給与額をめぐるトラブルを防ぐためには、働きはじめた段階での給与額を、内訳とともに掲載しておくことが望まれます。

2017年の職業安定法の改正においては、みなし残業(固定残業代制度)や裁量労働制など、記載額に基本給以外の要素を含んでいる場合には、給与の内訳を具体的に記載することが義務づけられるようになりました。

例えばみなし残業の場合では、基本給の額と、あらかじめ含まれる時間外手当の内訳(時間数と手当額)、さらに規定の残業時間を超えた場合の賃金の扱いについて、給与を記載する欄に明示しておく必要があります。

また、試用期間中と本採用時の労働条件が異なる場合には、両者の条件をそれぞれ記載しなくてはいけません。厚生労働省は、求人票や募集要項をめぐる誤解やトラブルを防ぐため取り組みを強化していますので、誇大な表記や曖昧な記載方法を避け、給与の内実が明確にわかる方法で記載しましょう。

詳しい記載上の注意点については、厚生労働省ホームページ「平成29年職業安定法の改正について」内に掲示されたPDFファイル「労働者を募集する企業の皆様へ」から確認が可能です。

記載する給与額に幅を持たせたい場合

求人を出す段階ではどのような求職者が応募してくるかがわからないため、実際に経験や資格などを見てから初任給を決定したいということもあるでしょう。その際には、「20~25万円」といった形で幅を持たせた表記も可能です。

ただし、給与額の幅が広すぎたり、実態に即していなかったりする表記は避ける必要があります。これまでの採用において実際にあったケースにもとづく額を記載し、また求職者からの質問に答えられるよう、給与とそれを決定する要素の関係を明確にしておくことが重要です。

やむなく変更する場合には、なるべく早い段階で伝える

何らかの事情により、求人票記載の給与額から変更せざるを得ない場合には、なるべく早い段階で求職者や内定者にその旨を通知しましょう。
先の職業安定法の改正に伴い、採用過程などにおいて求人票の記載内容に変更があった際の対処方法が明確化されています。

具体的には、条件の変更があった場合、速やかにかつ「変更前後の内容が理解できる形で」告知しなければならない、ということです。
ホームページ上の記載を訂正する際にも、変更以前と以後を対照できる形で訂正する必要があります。求職者に直接通知する場合には、変更前後の額を記載した書面を交付するなど、違いが一目で理解できるように伝えることが推奨されています。

なお万が一、入社前に説明をしないまま、正確な給与額が労働者側に伝わっていない状態で労働契約を結んだ場合、雇用者側の行為は「労働条件明示義務違反」として、30万円以下の罰金が科される可能性があります。その際、労働契約も法的な有効性を持たず、労働者は即刻これを解除することが可能です。

内定者には明確な理由を説明し、同意を得られるよう働きかける

内定者に対し、給与額が求人票記載のものから下がる可能性があることを伝える際は、一方的にそれを通告するのではなく、減額せざるを得ない理由について差し支えない範囲で説明するとよいでしょう。
世界情勢に由来する不況や、その業界特有の景気動向など、客観的な材料を提示することで、内定者の理解を得つつ、合意を形成していくことがトラブル防止につながります。

入社直前に給与額の変更を突きつけたり、雇用者側の立場を利用して圧力をかけたりと、内定者の実質的な選択肢を奪う行為は避けましょう。自社で働いてほしいという意向を告げながら、条件の変更に同意するかどうかは相手方の意思次第であることを伝えることが、長期的な関係を築いていくうえで望ましいといえます。

給与額の変更を伝え、同意を得る場としては面談などが考えられますが、その際にも「変更前後の給与額を記載した書面」を発行しておきましょう。

まとめ

労働契約において、給与額はもっとも基本的な条件であり、労働者の生活を直接的に左右する要素です。それだけに、求人票に明示しなければならない内容について、厚生労働省は企業側の義務を大きくし、表記をめぐるトラブルの防止に取り組んでいます。

たとえ法的な問題には発展しなくとも、労働者が「求人票に書いてあったことと違う」という印象を抱けば、会社に対する不満や不信は膨らんでいく可能性があります。
まず求人票において、実態に即した待遇をぼかさずに示しておくことが、定着率の面でも重要です。

記載していた内容から変更しなければならなくなった場合には、迅速に求職者や内定者に対し、変更前後の違いが明確になる形で伝えるようにしましょう。とりわけ内定者に対して告知する場合には、一方的に通告するのではなく、客観的に納得しうる理由を伝えるなど、説明責任を果たすという意識が大切です。

この記事を書いた人
鹿嶋祥馬

大学で経済学と哲学を専攻し、高校の公民科講師を経てWEB業界へ。CMSのライティングを300件ほど手掛けたのち、第一子が生まれる直前にフリーへ転身。赤子を背負いながらのライティングに挑む。

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