成果に応じた報酬によって従業員の意欲を引き出す「インセンティブ制度」は、現在さまざまな企業において導入されています。
労働形態が多様化し、労働時間を定量的に評価することが難しくなりつつある現在、実際の成果や貢献度にもとづく給与システムの重要性は高まっているといえるでしょう。
インセンティブ制度は営業職に適用されるイメージが強いかもしれませんが、導入の際の設計方法を工夫することでどのような業種・職種にも適用することができ、組織全体のモチベーションを向上させる可能性を秘めています。
この記事では、インセンティブ制度と混同されやすい「歩合制」や「ボーナス」との違いを明確にしながら、さまざまな形で導入している企業の事例を紹介し、実際に制度を設計する際の注意点についても解説していきます。
インセンティブ制度とは
インセンティブ制度とは一般に、「成果に応じた報酬が基本給にプラスされる」制度として認識されています。しかしこの定義では、「歩合制」や「ボーナス」といった制度との違いが明確ではありません。
「インセンティブ(incentive)」のそもそもの意味を見てみると、「人の行動を駆り立てる動機」や「やる気を起こす動因」といった意味が見られ、総じて「それがあることによってモチベーションが引き起こされるもの」全般を指す言葉であると読み取れます。 歩合制やボーナスにおける報酬は「金銭」として支払われますが、インセンティブ制度における報酬は金銭に限らず、旅行ツアーなど福利厚生面での優遇や、さらには「表彰による承認」など形のないものも含めた概念であるといえるでしょう。
インセンティブと賞与(ボーナス)の違い
ボーナス、賞与は多くの場合、半期ごとなど一定のスパンで「会社の業績に応じて」支給される制度です。賞与も働くうえでのモチベーションに関わりますが、従業員自身の働きがダイレクトに額面に反映されるとは言いきれないため、固定的なボーナス制度は「インセンティブ」とは見なされない傾向にあります。 ただし、賞与の支給額が個人や部門の業績によって決定される「変動賞与」の形をとっている場合には、従業員個人の意欲に直結する「インセンティブ」の一つとして考えられるでしょう。
インセンティブと歩合制の違い
インセンティブ制度と「完全歩合制」の違いは、「基本給の有無」によって区別することができます。インセンティブ制度が「基本給+成果報酬」であるのに対し、完全歩合制は給与すべてが成果に応じて決定されるのです。
それでは、「インセンティブ制度」と「基本給のある歩合制」とはどのように異なるでしょう。基本的には「目標を達成すると与えられる」のがインセンティブ、「売上など実績に比例して報酬が決まる」のが歩合制というように、「段階」と「割合」の違いから区分されることが多いようです。
とはいえ完全に同義として「インセンティブ」と「歩合給」という言葉を使っているケースもあり、また、実際の運用においては、「割合に応じたインセンティブ」というものも存在するため、厳密に区別することは難しいといえます。単純に「報酬の形態」の問題として、「歩合制は金銭、インセンティブは金銭以外も含むもの」という区分をしておくと誤解がないでしょう。
インセンティブ制度を導入するメリット・デメリット
労働者にとって給与はもっとも根本的な動因ですから、給与体系の変化は従業員一人ひとりの「仕事への向き合い方」に大きく影響すると考えられます。 ここでは、インセンティブ制度の導入により、企業にどのようなメリット・デメリットが生じうるか、ポイントごとに解説していきます。
従業員のモチベーションが上がる
“incentive”の原義にもあるように、従業員のやる気や意欲を引き出せる点がインセンティブ制度の最大のメリットです。
固定給制度においては「いくら働いても給料が変わらない」という不満から、従業員がモチベーションを失い、現状維持に終始する、というリスクが考えられます。「自分の働きが評価されて還元される」制度を導入することで、従業員それぞれが好待遇を得ようと創意工夫を凝らしていくことがメリットとして期待できるでしょう。
「自分の待遇をよくするための工夫」が、「会社の業績をよくするための工夫」に直接つながることが企業にとってのポイントです。
求人で意欲の高い人材が集まる
求職者が応募先を選ぶ際、「自分の働きが正当に評価されるかどうか」というのは大きな要素でしょう。優秀な人材であればそれだけ、自身の実力や成果に見合った待遇を提示してくれる会社を求める傾向が強くなると考えられます。
インセンティブ制度を採用している組織は、「実力主義」「成果主義」の方針が端的に見て取れるため、意識の高い人材の応募が期待できます。 正社員はもちろんですが、アルバイト雇用においてもインセンティブ制度は一つのアピールポイントとなり、即戦力となる人材を雇用形態に関わりなく募集することが可能です。それは大きなメリットといえるでしょう。
コストをかけずに高い効果を見込める
歩合制やボーナスであれば、報酬は金銭として支払われることになりますが、インセンティブ制度はその報酬の内容を企業側が柔軟に設計することができます。「食堂の食券」「テーマパークのチケット」といった金券類はもちろん、職場によっては「他の社員の前での表彰」というだけでも、モチベーションのトリガーとして機能しうるでしょう。工夫次第でコストをかけずに従業員のパフォーマンス向上を促せる点が、インセンティブ制度の強みです。
ただし内容を決める際には従業員のニーズをしっかり把握することが必要です。従業員が「うれしい」と思える内容でなければ、意欲の向上につながらず、制度が形だけのものになってしまう可能性もあります。
デメリットは「従業員の不安と不満」のリスク
インセンティブ制度を採用することで、基本給の部分が固定給制度に比して低くなることも考えられます。上昇志向の強い従業員は「チャンス」と受け止めるかもしれませんが、安定志向の強い従業員にとっては、「毎月の収入に不確定要素が多く絡む」というのはリスクとして映るかもしれません。
働く側の意向を把握しておかないと、従業員が不安を抱えたまま働くことになり、それまでになかったストレスにつながる恐れもあります。さらに、収入の格差に対する不満に転化し、職場のギスギスした空気の原因ともなりうるでしょう。 インセンティブ制度を導入する際には、十分な事前共有により従業員の納得と理解を得ておく必要があるでしょう。
インセンティブ制度導入企業の成功事例
インセンティブ制度というと、営業職や販売職の「契約件数」や「売上高」に応じた報酬制度が真っ先に思いつくかもしれませんが、評価軸の定め方次第でどのような業種にも導入することができます。
ここでは、ユニークなインセンティブ制度によって、営業職以外の職種においても従業員のモチベーションを高められている企業の事例を紹介します。
例①コンテストや表彰制度を複数用意
ITの開発・運用、ビジネスプロセスのアウトソーシングなどを手掛ける「パーソル プロセス&テクノロジー株式会社」は、従業員のモチベーションを高めるための表彰制度や企画コンテストを複数用意し、多角的なインセンティブ制度を実現しています。
従業員自らが「自分たちの最高の仕事」(=イカした仕事)をプレゼンし、優勝者に「賞金100万円と海外ツアー」が贈られる「IKATAI(イカした仕事大賞)」のほか、「新人賞」「ベストパフォーマー賞」「ベストプロジェクト賞」などインセンティブを伴う期間ごとの表彰制度、さらには投票システムを用いて他の従業員からの感謝や賞賛の数を月ごとに計上し、最多数の賞賛を得た従業員を表彰する「88AWARD」など、数値だけではなく取り組みや評価に応じたインセンティブ制度を用意しており、働く意欲をさまざまな形で促進しています。
例②自社株を持つ権利を与える
フリマアプリの運用で知られる「株式会社メルカリ」は、金銭だけではなく「株式」によるインセンティブ付与を行っています。導入しているのは「譲渡制限株式ユニット(Restricted Stock Unit:RSU)」という形式で、「株式を得られる権利が会社から与えられ、一定期間の勤務の後に権利が確定し、実際に株式が従業員のものになる」という制度。
株式によるインセンティブは日本においてはまだ珍しいですが、アメリカ合衆国では多く導入されています。従業員にとっては「自分たちの取り組みが、投資による資産形成の一環になる」ことになりますから、自社の事業全体に関心を持った状態でのコミットメントが期待できるでしょう。
(参照:mercan (メルカン)「日本初の挑戦を。メルカリが新インセンティブ制度に込めた想いとその舞台裏」)
インセンティブ制度の設計時のポイントと注意点
インセンティブ制度を設計する際には、従業員の「自己利益のための行動」が、「会社に利益をもたらす行動」とイコールとなるような制度づくりが肝要となります。 インセンティブにより従業員のモチベーションを高め、それを自社の利益へと還元してもらえるよう、多角的な視点から制度設計を進めていきましょう。
業務内容に即した評価基準を
インセンティブ制度を設計する際に、評価の「軸」を適切に定めなければ、「従業員の努力の方向」と「組織としての利益」に根本的なすれ違いが生じてしまいます。
「営業職の契約件数」など、わかりやすい指標を採用できる部署もあれば、事務や広報、制作など明確な数値で活躍を表せない部署もあるでしょう。
評価基準を定めるにあたっては、部署ごとの事情を入念にヒアリングしながら、貢献度の高い人材をモデルに「その人材の何が組織の利益に結びついているのか」という点を浮き彫りにしていくことが重要です。業務の能率や周囲への影響など、その部門において優先度の高い資質にフォーカスし、それを数値として把握できる基準を作成することが求められます。
インセンティブの内容は「導入の目的」から決める
インセンティブ制度において設定される目標が、報酬の内容に対して高すぎてしまえば、従業員は「割に合わない」という思いを抱くことになるでしょう。しかし経営側からすると、「目標達成による効果」以上の報酬内容を設定するのは避けたいところです。
重要なのは、「その制度を設定する際に、何を最終的な目的と考えるか」というポイントを整理しておくことです。たとえば「営業職の契約件数」に対してインセンティブを設定するのであれば、最終的な目的は「モチベーション向上による契約件数アップ」となるでしょう。報酬の内容を決める際には、契約件数の増加分に照らし、どの程度を従業員に還元すべきか、ということを考えていくことになります。
しかし「ポイント制」や「コンテスト」などによってインセンティブを付与する場合には、その効果を具体的な数値として測定することが難しいでしょう。こうした表彰制度は従業員の意欲や働きがいなど、目に見えない部分における効果を目的とするものです。その場合、報酬の形態は必ずしも金銭である必要はないと考えられます。報酬のあり方を工夫し、従業員の承認欲求や達成感にうまく訴求していきたいところです。
まとめ
終身雇用が当然のものではなくなり、年功序列制度の解体が随所に見られるようになった現在、「将来まで緩やかに上昇していくキャリア」への期待は以前ほど高くなくなっていると考えられます。
そのような背景から、優秀な人材ほど「実力や成果で評価してほしい」という思いを抱くのは自然なことであり、インセンティブ制度はそうした時代のニーズに応えるシステムであるといえるでしょう。
成果を数値で把握することが難しい職種であっても、評価基準や報酬の内容を丁寧に設計することで、社員やアルバイトのモチベーションに訴えかけることができます。報酬も一律に金銭である必要はなく、企業風土や従業員のニーズに合わせた形で設定できるため、工夫次第で低コストながら高い効果をあげることもできるかもしれません。 インセンティブ制度導入による「ゴール」を明確に見定めながら、従業員の努力や創意工夫を的確に方向づけていきましょう。